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◆第1回 はじめまして( 29.June.2001)
 はじめまして。
 毎月、僕はあちこちのコンサートや展覧会に行っています。そこで感じたことをここに書き残したいと思っています。
 僕は音楽の専門家でも絵の専門家でもありません。ただ単に好きで見たり聞いたりしているだけの、まあ、いわゆるスキモノです。だから、評論の場ではないことをまずお断りしておきます。トンチンカンなことが書いてあっても、「その程度の見識なんだな」と大目に見て許してください。
 なお、仕事柄、ご招待いただく機会もあるのですが、基本的に僕はコンサートや展覧会などには自分でお金を払って行くようにしています。だから、料金を明記し、招待されたものについてはその旨を明記します。
        
●ギドン・クレーメル&クレメラータ・バルティカ
 2001年6月1日(金) アンバーホール(久慈市文化会館)大ホール
 S席5500円(N列8番)

 宮古街道から脇道に入る。
 道は細く、曲がりくねっている。僕のカワサキW650は高速道路よりも、こんな山のなかの道が得意だ。櫃取湿原をかすめ、竜泉洞を経由して久慈に入った。
 アンバーホールに着いたとたんに土砂降りの雨になった。間一髪で濡れずにすんだ。
 アンバーホールに来るのは初めてだ。奇抜な外観の建物だが、オートバイで地方都市を旅していると、この手の建物には厭というほどお目にかかるので、さほど驚きはしない。江戸京子氏が館長をつとめているということで、このホールの名は全国の音楽ファンに聞こえている。館長の個性で運営されているホールというのは、日本ではひじょうに珍しい。
 ロッカーにヘルメットと皮ジャンを預けようとしたが、ロッカーが見つからない。館員に尋ねると「わかりにくいんですよ」とわざわざ連れていってくれた。ロッカーは階段の下の奥にあった。案内表示がもっとわかりやすければ館員を煩わせることもなかっただろう。
 ロビーで萬鉄五郎記念美術館の千葉瑞男館長とお会いした。千葉館長はヴェネツィア室内合奏団(5/16・盛岡市民文化ホール小ホール)のときもお見かけしている。世間では美術家は美術館だけにとどまり、音楽家はホールとCDのみにとどまっているが、千葉館長はそうではない。そういう姿勢に僕は尊敬と共感を覚える。
 さて、この日のプログラムは。

シューベルト: 弦楽四重奏曲第12番ハ短調「四重奏断章」D.703

リスト/ドレズニン: 「ダンテを読んで」によるコンサート・ファンタジー〜ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための(2001)

 −休息−
   
〈八つの季節〉
ヴィヴァルディ:「春」
ピアソラ   :ブエノスアイレスの夏
ヴィヴァルディ:「夏」
ピアソラ   :ブエノスアイレスの秋
ヴィヴァルディ:「秋」
ピアソラ   :ブエノスアイレスの冬
ヴィヴァルディ:「冬」
ピアソラ   :ブエノスアイレスの春


 前半のリストの曲は初めて聴いたが、ドレズニンの編曲が現代音楽の手法だったので面白かった。そして、後半のプログラムは最初の音が鳴りだしたとたんに鳥肌が立ち、涙がにじんできた。
 なにしろピアソラには思い入れがある。僕のデビュー作『テニス、そして殺人者のタンゴ』(講談社文庫・品切れ中)はピアソラにインスパイアされて書いた長編だった(これが1988年の出版ですから、十年早すぎたと後でさんざん言われた。十年早すぎたとは、十年遅かったと同義である)。そのピアソラをギドン・クレーメルが目の前で弾いているのだ。ヴィヴァルディの「四季」はチョン・キョンファのCDを僕は愛しているが、この日の演奏もイ・ムジチ合奏団で聴き親しんでいるものとは少し違っていて(音の伸ばし方や強弱が違うのです)、これも楽しかった。
 このヴィヴァルディとピアソラを ドッキングさせたクレーメル版「四季」は『エイト・シーズンズ』というCDになっ ているが(WPCS−10500)、クレーメルはピアソラ作品を他に5枚もCD化 している。
 ギドン・クレーメルはラトヴィア(いわゆるバルト三国のひとつですね)の出身で、アルヴォ・ペルトなどバルト三国の作曲家の作品も多く録音している(いつかこれらも生で聴きたい)。ちなみに、バルト三国は弦楽器奏者の名産地のようで、ヤッシャ・ハイフェッツも(しばしばソ連あるいはロシア出身とされるが)リトアニアの出身なんですね。
 そのクレーメルが遥か遠くの国であるアルゼンチンのタンゴをしつこく取り上げるのはなぜだろう。もしかすると、タンゴという枠組みではなく、アストル・ピアソラを現代音楽の作曲家と捉えているのかもしれない。いずれにしても、現代音楽を積極的に演奏しているギドン・クレーメルならではのことだ。
 至福のときを過ごした。
 帰りは雨の高速道路走行(これが最も苦手なんです)となったが、ギドン・クレーメル&クレメラータ・バルティカの演奏を聴いた後では何の苦痛も感じなかった。