○赤坂由香利ライヴ 2002年1月12日 盛岡市菜園アヤノズ・バー 4000円
酒を飲みによく出歩いているように思われているが、実際は十日に一度か、あるいはもっと少ない。午前中に原稿を書くので、前の晩に深酒をすると仕事ができなくなるからだ。以前は週に二度は外で飲んでいたから、ずいぶん減った。新聞連載なんて慣れない仕事を抱えると、生活パターンまで変わってしまうんですね。
それはともかく、盛岡に転居してくる以前から、帰省のたびに顔を出していた店がある。菜園のモスバーガー地下のアヤノズ・バーである。ここはオーナーが音楽好きで、いつもいい音楽が流れている。ジャズ系に限らず、いろんなジャンルの音楽が聴けて、そこがいい。店のスタッフも気持ちのいい人たちで、女性が一人でも安心して飲みに行けるという定評がある。
ある晩、ちょっと気になるCDが流れていた。低音のハスキーヴォイス、感情を抑制した歌い方、選曲のセンスがよく、演奏のレベルも高い。それが赤坂由香利さんだった。
赤坂さんは以前、別のライヴで来盛した折にここに立ち寄り、店の雰囲気が気に入り、オーナーの田中良幸さんとも意気投合して、ここでのライヴが実現した(実は他の大きなホールでの開催も考えたのだが、赤坂さんの「わたしはアヤノズでやりたいの」の一言で最終的に決定したとのこと)。
ライヴではCD『ブルー・プレリュード』からタイトル曲や「STREET LIFE」などの他、古野光昭(ベース)さんが去年出したリーダー・アルバム「FULL
NOTES」(渡辺貞夫、向井滋春、今田勝ら錚々たるミュージシャンと共演してきた古野さんのこれが初リーダーアルバムというから驚いた)からオリジナル曲の「TO
THE EAST」、古野さんとドラムス関根英雄さんのデュオで「I'LL BE SEEING YOU」が演奏された。僕はジャズ・ヴォーカルの熱心な聴き手ではないが、アビー・リンカーンやカサンドラ・ウィルソンなどが好きだ。赤坂さんの音楽の捉え方、音楽の傾向はこの系統かと思う。軟弱な表現で恥ずかしいのだが、とてもシックだ。そして、ライヴが終わった後の爽快感が素晴らしかった。いい演奏は、それがどんなに沈痛な内容であっても、最後は爽快さを与えてくれる−−というのが僕の持論だ。これまでも、日野晧正、坂田明、渡辺貞夫のライヴが爽快な後味だった。ジャズばかりでなく、チェリストのヨーヨー・マ、エマーソン弦楽四重奏団、ハーゲン弦楽四重奏団、ジャン・ルイサダ三重奏団、ヴァイオリニストのヴィクトリア・ムローヴァがやはり爽快感を残してくれた。
かつてジャズは「黒人のようだ」と評されることがミュージシャンにとって最上級の褒め言葉だったが、もちろん今は違い、創造性が問われる時代になっている(権威あるジャズ専門誌はいまだに古い価値観のままだが)。それでも、ジャズという言葉(あるいは概念)が誤解されたままで、そのため新しいファンを獲得できないでいるのも事実だ。この日のライヴは、ある意味でジャズという枠を取っ払ってしまって、新しい音楽と位置づけてもいいと思った。
これは蛇足ですが、このライヴで思わぬ発見があった。曲のあいだの赤坂さんのお喋りが面白い。しかも、そのときの声が、歌っているときとまったく違う。ご自分でも「歌っているときとふだんの声のギャップが大きいので」と笑いながら話していたが、いや、これはみなさんにもいつかぜひ体験していただきたいものだ(赤坂さん、ゴメンナサイ)。
今、これを書きながら、実にいい雰囲気のライヴだった、と改めて思う。あの客席にいた人たちは、音楽を聴く喜びをみんなで分かちあったことに加えて、音楽の場を一緒につくっていく喜びも感じたに違いない。アヤノズ・バーも初めてのことで、大変な苦労をされたことと思う(わざわざ機材まで揃えたのだから賞賛に値する)。ライヴは決して儲かるわけではないし、気苦労もかさむし、老後はハワイで暮らすという夢も遠ざかってしまうに違いないけれども、これからもこういう素晴らしい音楽を我々に提供してください。
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