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目と耳のライディングバックナンバー

◆第372回 J・Cメモリアルバンドを聴く(25.Jul.2016)

 盛岡劇場タウンホールの「もりげきライブ」は1995(平成7)年1月スタート以来、毎月第三水曜日の夜に開催されてきた。2014年12月には20周年記念のスペシャルライヴを開催、2015年10月には公演250回を達成した長寿イベントだ。
 コンサートを行なうには、会場使用料、照明、音響、チラシの印刷や告知などの費用が必要で、ミュージシャンにとってはかなりの負担となる。「もりげきライブ」はそれらの費用をタウンホールがみてくれる。ただし、それなりのレベルと集客力がミュージシャン側に求められるのは言うまでもない。いくらタウンホール側が熱心でも、質の高いミュージシャンに恵まれない限り、これだけ長く続けることは不可能だ。だから、盛岡にはそれだけ優れたミュージシャンが揃っているということになる。
 さらに大急ぎで付け加えなければならないのは、「もりげきライブ」は実行委員会で運営されていることだ。つまり、これは運営するのも市民、出演するのも市民、聴衆も市民という「市民による市民のための音楽イベント」なのである。このスタイルで、20年以上続けてきたのだから、盛岡の音楽文化の強い底力を示している(ちなみに、2015年9月16日の第249回では私がリーダーを務めているザ・ジャドウズをデビューさせていただきました。このとき、「もりげきライブ」が多くのスタッフの力で成り立っていることを身をもって知りました。改めてこの場で感謝申し上げます)。
 盛岡の音楽シーンを語るうえで重要な位置を占める「もりげきライブ」の第1回に出演したのが、J・Cメモリアルバンドである。J・Cメモリアルバンドはジョン・コルトレーンのトリビュートバンドとして1984年に結成された。メンバーは黒江俊(サックス)、鈴木牧子(ピアノ)、下田耕平(ベース)、戸塚考徳(ドラムス)である。もう32年間も結成時と同じメンバーで演奏活動を続けているというから、これにも驚かされる。もしかすると日本で唯一、ワン&オンリーの存在かもしれない。
そのJ・Cメモリアルバンドを「もりげきライブ」第259回(7月20日午後7時開演)で聴いた。プログラムは下記の通り。
【第一部】
1 インプレッションズ
2 ワイズ・ワン
3 ボディ&ソウル(ピアノ・トリオ)
4 至上の愛part2
【第2部】
5 マイ・フェイバリットシングス
6 トーク・アバウト・ユー
7 マイワン・アンド・オンリーラブ
8 トリビュート・トゥ・トレーン
【アンコール】
9 ナイマ
10 ベイシーズ・ブルース
 コルトレーン・ナンバーの1。ドラムスのリードに続いてテナーサックスがテーマを奏でる。そのとき、ふいに私の涙腺が緩んだ。決して哀しい雰囲気の曲調ではない。むしろ、前向きな明るい曲調だ。なのに、涙がこみあげてきた。たぶん、嬉し涙なのだろう。なにしろ、顔は笑っていたのだから。
 それにしても、こんなことは初めてだった。
 ピアノトリオによる3では鈴木牧子さんのユニークな解釈が聴けた。鈴木牧子さんは今秋にCDをリリースするそうなので、今から楽しみだ。
 6で、このバンドは芸達者ぶりを発揮する。こういう4ビートのスタンダードナンバーを、さらりと(それでいて、しっかりと)演奏できるのがこのバンドの強みだ。この曲をはさむことによって、コルトレーンの独自性を際立たせる役割も果たしている。
 8は黒江俊さんのオリジナル作品だ。コルトレーン・ナンバーばかりでなく、スタンダード・ナンバーもオリジナル作品も聴き応えがある。これもJ・Cメモリアルバンドの魅力だ。
 アンコールは9をしっとり聴かせ、10で盛り上げた。2時間近いコンサートだったが、私はもう1時間くらい聴いていたかった。おそらく満員の客席のほとんどの方がそう思ったのではないだろうか。
 私が20代初めのころ、「岩手は耳の肥えた客が多いから手を抜けない」とジャズ界では言われていた。今もそう言われているらしい。地方都市でありながら、そういう音楽的土壌が育まれていたことは特筆に値する。そんな環境から生まれたJ・Cメモリアルバンドの活動が、さらにまたこの音楽的壌を継続させていく力になる。だから、今後もやはり「岩手は耳の肥えた客が多い」と言われ続けることになるだろう。
 一時は若い人のジャズ離れが心配されたが、嬉しいことに岩手では、若手ミュージシャンも着実に育ってきている。後進の育成の場においてもJ・Cメモリアルバンドの面々が活動している。いつかここでその報告ができればと思っている。
〈このごろの斎藤純〉
○8月6日から岩手町立石神の丘美術館で、『斎藤純と旅する ぶらり北緯40°』展が始まります。オートバイで岩手県普代村から秋田県男鹿市まで、北緯40度の12市町村を旅し、その印象をまとめたエッセイ(有料入館者に無料配布します)をもとにした博物館的な展示です。といっても、決して堅苦しいものではありません。みなさまのお越しをお待ちしています。会期中のほぼ毎週末、私は美術館にいる予定です。
武満徹:雅楽〈秋庭歌〉を聴きながら