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◆第44回 「走れ!メロス」の可能性(24.february.2003)

 いやあ、大変なものを観て(聴いて)しまった。これを超える感動は、とうぶん味わえないかもしれない。2月9日、キャラホール(都南文化会館)で行なわれた第9回キャラホール少年少女合唱団コンサートの第一部・子供のための創作オペラ「走れ! メロス」の印象は、それほど強烈だった。

 これは太宰治の同名小説をオペラ化したものだ。脚本は阿部正樹さん、作曲は長谷川恭一さん、お二人とも盛岡在住のベテランである。長谷川さんはメロディメーカーであると同時に、現代音楽の書法を用いた作曲や編曲も得意としている。後者の力を発揮した場合はしばしば「難解な曲」というレッテルを貼られてしまいがちだが、そういう曲でもちゃんと耳をすまし、心をひらいて接すれば、宝石のような美しい曲であることがわかるはずだ。

 もっとも、今回は小学生が歌う曲だから、そんなに難しい書法は用いられていなかった(とはいっても、フィリップ・グラスやマイケル・ナイマンなどに通じるミニマム・ミュージックの影響が聴けたことはひとつの収穫だった。長谷川さんが意識しているかどうかはまた別の問題だが)。哀愁があって、覚えやすいメロディに「走れメロス」、「泳げメロス」、「休めメロス」という言葉が乗り、繰り返される。長谷川さんならではの曲だ。これが効果的な牽引力となって、聴衆にわかりやすく訴えた。
 長谷川さんは観客も子供たちが中心になるということを意識して、こういう曲にしたのだろう。苦労されたに違いない。わかりやすいというのは、実はとても難しいことでもあるのだから。

 それは脚本にも言えた。脚本を担当された阿部正樹さんはプログラムに自作を「換骨奪胎」と語っていらっしゃるが、そんなことはなくて、およそ40分ほどの一幕オペラに原作のエッセンスを凝縮して見事だった。わかりやすいものにすると、骨抜きになる場合が多いのだが、太宰が描きたかったことはもちろん、阿部さんが込めた「性善説」もちゃんと伝わってきた。だから、大人の鑑賞にも耐える。そもそも、大人が観てつまらないものは子供が観たってつまらないに決まっているのだ。

 演奏も素晴らしかった。
 子供たちの透明な声がキャラホールに響きわたるだけで、なぜか涙が溢れてきた。真に美しいものは涙を誘う。これは音楽ばかりでなく、あらゆる芸術に通じる。合唱指導は赤沼利加さん(指揮も)と細川圭子さんだ。
 子供たちは持てる能力を存分に発揮した。このことはどれだけ強調しても決して強調のしすぎにはならない。
 が、大人のほうに手抜かりがあったのは残念だ。というのも、演出がもっとしっかりしていれば、と悔やまれたからだ。
 パンフレットには演出家の名が記載されていない。オペラを上演するのに、主催者(盛岡市文化振興事業団)は演出家を立てなかったのだろうか。だとすれば、今回は音楽を愛する子供たちに救われたわけで、ひとつ大きな借りをつくったと言っていい。

 伴奏は田中克徳さん(クラリネット・岩手県民オーケストラ)、米倉久美さん(ヴァイオリン・弦楽合奏団バディヌリ、WTB合奏団)、石原博史さん(チェロ・東京大学大学院在学中)、細川圭子さん(ピアノ)という編成で、安定したアンサンブルが合唱を支えた。
 特筆したいのは、米倉久美さんが弾いたヴァイオリンの美音だ。これまでも何度か耳にしているはずなのに、こんなに美しい音の持ち主だったとは迂闊にも気がつかなかった。弦楽器の場合(どの楽器でもそうかと思うが)速く弾くなどのテクニックは練習で会得できるけれど、美しい音というのは天性の資質と言っていい。しかも、それが極端に目立つこともなく、あくまでも子供たちの歌を引き立てる役割に徹していた。何という贅沢だろう。

 このオペラを一度だけの公演で終わらせてしまうのは惜しい。この作品はまだまだ可能性を秘めている。
 おそらく長谷川さんのことだから、この小編成の伴奏とは別に、オーケストラ・バージョンもできているに違いない(まだ頭の中にあるのかもしれないが)。演出を練りなおし、オーケストラの伴奏を付けた「走れ! メロス」が実現することを切望している。それが、大人の不備を補ってくれた子供たちへの恩返しにもなると思うのだけれど。

◆このごろの斎藤純

〇本文でも紹介した長谷川恭一さんのもうひとつの新作を聴く機会があった。もりおか賢治啄木青春館の開館記念イベント「宮沢賢治音楽の世界I」(2/14・盛岡市のプラザおでってホール)で演奏された「印度の虎狩」がそれだ。これは賢治の『セロ弾きのゴーシュ』に出てくる架空の曲(本作中には実在の曲も出てくるので、ちょっとややこしい)を、長谷川さんがつくったのである(弦楽四重奏版)。僕は頭の中で「長谷川さんはショスタコーヴィチやバルトークもちゃんと聴いていらっしゃるんだな」などと思ったが、大喜びで聴いている子供たちを見て、「これはかなわない」と観念した。
〇初めて人間ドックに入った。二日間に渡ってあらゆる検査を受けるのは、けっこう体力がいる。健康じゃないと無理だな、と思った。

コラソン・ヴァガブンド(カエターノ・ヴェローゾ)を聴きながら