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◆第52回 オール・ザット・ジャズ その2( 16.june.2003)

 十年くらい前になるだろうか。日本のジャズシーンにトランペッターの新星が続々と登場した。日野晧正以降、トランペットのスターが不在だった時期が長かったところに五十嵐一生、松島啓之、原朋直、少し世代が下って岡崎好朗といった個性的で、実力のあるミュージシャンがあらわれたときは「ああ、日本もとうとうここまできたか」という感慨を抱いたものだ。
 こう言っては大変申し訳ないのだが、日野晧正を除いて、日本のジャズトランペーターは音が細く、バテるのが早く、音量も小さくて、欧米のトランペッターに及ばなかった。それで長いこと「日本人にトランペットは無理だ」と言われてきた(クラシック界では今もそう言われている。確かにピアノやヴァイオリンなどは世界的に活躍している人がたくさんいるが、金管楽器となると−−)。これは偏見だと僕は思っている。飛行機が実用化されだしたころ、「日本人に飛行士は向かない」と欧米人から言われた。これが誤りだったことは、日本人飛行士の活躍(と、その後の零戦の戦闘機乗りたち)が証明してみせた。トランペットについても同じだ。

 トランペットこそはジャズの花形だ。もちろん、ピアノもサックスもジャズにとっては不可欠なのだが、いいトランペッターがいないとジャズ界は沈滞する。これはジャズの本場アメリカでも同じことが言える。ウィントン・マルサリスが登場したおかげで、沈滞気味だったアメリカのジャズ界に活が入った。

 先に挙げたなかで、原朋直はばりばり吹いて、楽器をよく鳴らすタイプのトランペッターだ。彼がニコラス・ペイトンと対等に吹き合っているライヴをFMで聴いたときは胸が熱くなった。ちなみに五十嵐一生は対照的にクールなタイプだ(みちのく国際ミステリー映画祭に二度いらして演奏しているので、ご存じの方も少なくないだろう)。
 その原朋直が去年と同様、辛島文雄トリオと一緒に盛岡にやってきた。

 一曲目の「One Finger Snap」からいきなり飛ばしてきた。しかし、こっちが乗り遅れることは決してない。往年のV.S.O.P(フレディ・ハバード、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズという超豪華メンバーによるクインテット)を想わせるヘヴィな音楽に身をまかせると、とたんに彼らの術中に気分よくハマる。
 それにしても、とてつもなく充実した音(サウンド)だ。テクニックとセンスの両方を併せ持った辛島文雄のピアノ、地味でも派手でもなく全体をまとめあげるベースの井上陽介、かつて天才少年ドラマーと呼ばれた奥平真吾も今では中堅だが、スピード感と重厚さを兼ね備えている。アンコールの「サマータイム」まで、モダンジャズ・コンボの真髄をたっぷり堪能させてもらった。

 僕は大学時代、新宿のモデルガンショップでアルバイトをしていた。そのときの常連客に、奥平真吾さんがいた。彼はまだ小学生で、確かジョージ川口さんにドラムスを習っていた。
 あるとき、ドラムスとモデルガンのどっちがたのしいかと意地悪な質問をした。奥平少年は「モデルガンに決まってるよ」と自転車に飛び乗って新宿の雑踏を駆け抜けていった。去年、その話をしたら、「そんなことあったかなあ」と苦笑していた。

 井上陽介と奥平真吾はニューヨークを拠点にしている。前回は秋吉敏子を紹介したが、かの地のジャズシーンは少なからず日本人ミュージシャンによって支えられている。

 前回と今回のコラムのタイトルにした「オール・ザット・ジャズ」は、僕がFM岩手でディレクターだったころに企画担当していた番組名だ(この番組は、隔週になったが今もつづいている)。大槌町クイーン(岩手で一番古いジャズ喫茶だ)の佐々木健一さん、陸前高田ジョニーの照井顕さん、盛岡にあった伴天連茶屋の瀬川正人さんらが順番にパーソナリティをつとめ、個性ある選曲でジャズをお送りした。また、コンサートの主催者や地元のミュージシャンや、テレビやラジオには絶対に出ないことで知られていた一関ベイシーの菅原正二さんにも何度か出ていただいた。ジャズのコンサートのたびに、出演していただいた方々とお会いするのだが、みなさん当時と少しも変わらないことに驚かされる。もしかするとジャズは若さを保つ秘薬なのかもしれない。

◆このごろの斎藤純

〇「盛岡旧町名・井戸端会議」(5月31日盛劇大ホール)を無事に終えることができた。これに関しては各新聞の記事になっているので割愛するが、旧町名(ひいては、ふるさとの歴史)や旧町名復活に大きな興味を持っていることを肌で感じた。
〇その翌日は田園室内合奏団の第11回定期公演だった。ヘンデルからブリテン、ビートルズまでイギリス音楽を中心とした新鮮なプログラムが好評だった。

J.S.バッハ/「音楽の捧げ物」を聴きながら