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◆第55回  明治時代の油絵の凄さ( 6.october.2003)

●「日本近代洋画への道」
  岩手県立美術館 03年9月6日〜10月19日

 明治期の絵画が好きだ。維新後、欧米から政治・立法・交通など広範な制度を導入した日本は、音楽や絵画などの芸術分野でも「欧米への遅れを取り戻す」という信念のもと西洋化を進める。
 洋画というジャンルはその時期に登場した。

 日本人が油絵の具を用いて描いた絵を洋画という(紙や絹に日本画の絵の具で描いたものは、見た目が洋画でも日本画という)。
  本展覧会では、明治期に描かれた絵画と、油絵具や遠近法が入ってきた幕末期の洋画(平賀源内の筆と伝えられる作品や小野田直武の秋田蘭画)などを観ることができる。
 初期の洋画は西洋画のコピー、あるいは西洋画風でしかない(なので、洋風画という呼び方もある)。ちょっと滑稽な印象を受けないでもないが、何か不思議な魅力がある。手さぐりで西洋画を探究した、その真摯な姿勢が、今も観るものの心を引きつけるのだろうか。

 明治の洋画家たちは、西洋画を模倣するだけではなく、西洋から導入した描法で日本的な美を表現するという挑戦も行なった。
 パリに留学してラファエル・コランに師事した黒田清輝が帰国後に描いた『昔語り』もそうした作品のひとつだった。これを制作当時に見たフリーダ・フィッシャー(ケルン東洋美術館の生みの親。明治時代に訪日五度、およそ十年あまりを日本で過ごした)が「京都の寺院の森にある天皇墓所で、僧侶がひとびとに墓の王の来歴を物語っている。天皇の寵を得た女性が身を隠したが、天皇の従者があやつる笛の調べで、彼女を隠れ家から誘い出し、天皇のもとに連れかえるという物語だ。(中略)主題がいかにも日本的である反面、描法は逆にヨーロッパ的であり、そのために統一性と成熟性が脆弱だと思う」と記している(安藤勉訳『明治日本美術紀行』講談社学術文庫)。
 『昔語り』は第二次世界大戦中に空襲で焼失したが(あまり鮮明ではなさそうなモノクロの写真は残っている)、画稿や下絵はいくつか残っていて、僕は東京藝大美術館で観たことがある。本展覧会では横笛を吹く僧侶を描いた画稿が展示されている。けれども、これだけでは『昔語り』がどういう絵のなのかわからない。図録にも本画(完成品)の写真が出ていないのだ。画稿の横にでも写真を掲げてくれれば参考になるのだけれど。

 もう少し観ていこう。
 明治の洋画を語るうえで欠かせないイギリス人がいる。イラストレイテッド・ロンドンニューズの特派員として来日、後にザ・ジャパン・パンチ(ポンチ絵の語源)を創刊したチャールズ・ワーグマンだ。彼は挿絵入りの記事をロンドンに送って、東洋の島国をヨーロッパに紹介した。油絵と水彩画にも長けていて、高橋由一、五姓田義松、田村宗立らを指導した。彼らの作品も一堂に会している。
 それにしても、こんなふうに高橋由一や五姓田ファミリーの名前を挙げるだけで気持ちがわくわくしてくる。川村清雄もそうだ。展示されている諸作品からは、代表作『形見の直垂』を見たときと同じくらいの感動を覚えた。
 川村清雄の絵は本当に変わっている。変わっている、という表現が適当かどうか、僕もわからない。ヴェネツイアで学んだイタリアの伝統的画法を自分のものにしているにもかかわらず、この人の作品は日本人の絵そのものだ(変な言い方だが)。
 ある種の幽玄美と言っていいのだろうか、妖気が漂っている。描かれた世界は繊細なのに、力強さというのか確固たるものを感じさせ、どこか溝口健二の映画『雨月物語』に通じるものがある。情念と理性、西洋的合理性と日本的情緒の融合などと難しい漢字を並べたところで川村清雄の絵の魅力は伝わらない(それでも、絵から受けたものを文章にしたくなるのだから、始末が悪い)。

 明治美術は現在なら高校の美術部以下のレベルかもしれない(たとえば、高橋由一の作品には、遠近法の歪んだものがある)。それはしかし、テクニックあるいは西洋美術の吸収の度合いについてであって、内に持つエネルギーでは、現代の画家が束になってもかなわいような気がする。だから、明治美術はおもしろい。

◆このごろの斎藤純

〇自転車で紫波や玉山あたりまで出かけている。オートバイで何度も通っている道から、自転車だとまったく違った印象を受ける。意外なのは、車から「邪魔だ、どけ」とクラクションを鳴らされないことだ。おそらく、きちんとした装備をしたうえでドロップハンドルのビアンキに乗っているせいで、サイクリングかトレーニング中と見られているのだろう。
〇実は七月に新刊が出た。『ただよう薔薇の午後』(光文社文庫)がそれで、いろいろな文芸誌に書いた短編小説を最初から文庫にまとめた。僕にとっては初めての官能小説集だ。その感想がぼちぼち耳に入ってくる。女性にも受け入れられているので嬉しい。

ジョアン・ジルベルト『声とギター』を聴きながら