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◆第60回  冬の室内楽( 16.december.2003)

ラ・ラ・ガーデンコンサート第55回
Libera! Chamber Music in 雫石
(ラ・ラ・ガーデンホール 2003年11月22日 午後3時開演)

 盛岡市出身でウィーン在住のピアニスト鈴木理恵さん(東京音楽大学ピアノ演奏家コース、パリ国立高等音楽院卒業。主な受賞歴はマリア・カナルス国際音楽コンクールでデュプロマ・ドノール賞、エピナル国際ピアノコンクールで現代音楽優秀演奏賞、ロベール・カサドシュ国際ピアノコンクールでフランス音楽最優秀演奏賞)と、ヴァイオリンの林智之さん(NHK交響楽団)、ヴィオラの臼木摩弥さんによる室内楽の演奏会を、雫石町のラ・ラ・ガーデンで聴いてきた。
 ラ・ラ・ガーデンで鈴木さんの演奏を聴くのは今年二度目だ(バックナンバー第42回をご参照ください)。あの日もちらつく雪を窓から眺めながら演奏を聴いたが、今回も本格的な雪模様のなかの演奏会となった(鈴木さんは雪女ですね、などと言っては怒られてしまうか)。
 曲目をご覧ください。

〈第一部〉
①ヘンデル(ハルボルセン編曲):パッサカリア
②モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲  第1番 ト長調 K.423
③モーツァルト:ピアノ三重奏曲 変ホ長調 K.498

〈第二部〉
④バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ  第2番より シャコンヌ
⑤シューマン:おとぎ話 Op.132

〈アンコール〉
⑥シューマン(鈴木理恵編曲):トロイメライ
⑦冬の歌(焚火、スキーなど)のメドレー(町田郁弥編曲)
※①と②は林、臼木の二重奏。④は林独奏、他は林、臼木、鈴木の三重奏。

 一見、親しみやすい曲が並んでいる。が、ヴァイオリニストとしては試金石ともいえるシャコンヌがある。林さんはこの曲をバロックボウ(バロック時代に使われていたとされる弓)に持ち替えて弾いた。
 バロックボウは現在使われているモダンボウより性能が劣り、弓の往復が多くなるなど演奏上の制限が生じる。簡単な話、効率を考えるとモダンボウが優位なのだけれども、バロックボウでしか表現しえない領域があるのもまた事実なんですね。効率で割り切れないのが音楽、というか芸術というものだ。
 林さんの楽器そのものがモダンヴァイオリンなので、古楽器演奏のような顕著な違いを聴くことは(僕の耳では)できなかったものの、緊張感を保ちながらも聴く人を暖かく包み込む演奏だった。こういう曲でこそ、人間性って出てくるんですね。

 ⑥はシューマン43歳のときの作品だ。もとはクラリネット、ヴィオラ、ピアノのための三重奏曲だが、シューマン自身によってクラリネットのパートをヴァイオリンで演奏してもよいとされている。
 モーツァルトの三重奏曲と同じ編成だが、やはり時代も違えば音楽の構造も演奏の仕方も違う。46歳で亡くなったシューマンは、そのころすでに精神を病んでいた。だから、決してただ穏やかな曲というのでもない。だからだろうか、モーツァルトよりも陰影がはっきりとした演奏だったように思う。

 鈴木さんはモーツァルトよりもシューマンがフィットしているらしく(ご本人が意識しているかどうかは別として)、自由に弾いていた。
 楽譜があって、その通りに弾くのがクラシック音楽なのだから、自由な演奏というのも妙な話だ。でも、そう感じさせることが実際に少なくない。作品と幸福な出会いをしたときに、演奏家は自由な精神を得る。僕たち聴衆はその自由を分かち合う場にいることができた幸運を喜ぶ。

 鈴木理恵さんは情感に流されないタイプのピアニストだ。かといって、冷たい知的なタイプというわけでもない。他の楽器と合わせるときは、どこか姐御肌の雰囲気も漂わせる。
 ここにノイエメルカー(ウィーンオペラ座の批評雑誌)159号、2003年7月号に掲載された鈴木さんのリサイタル評があるので、少し紹介したい。

 5月4日に行われた日本人の若手ピアニスト、鈴木理恵によるベートーヴェン作品によるリサイタルは、大変魅力的なものであった。ソナタ10番(ト長調、作品14-2)、17番(ニ短調、作品31-2「テンペスト」)、30番(ホ長調、作品109)でまとめられたプログラムは、ベートーヴェンという偉大な天才と、彼が心地よい日々を送ったに違いないこの家とに対する、言わば敬意を表したおじぎというべきものであった。深いテクニックを基礎とした上に、ベート-ヴェンのとても繊細な感情や奥深いところの感覚、そして内面の激情を納得の行く形で感じ取っていることを示した。
 ホールは息を飲むような静寂に包まれ、1曲終る毎に、その静寂が大きな喝采に変わる。それに礼を述べるように彼女はF・クープランの繊細な「花盛り」を最後に弾いた。我々は彼女の次回の演奏会を楽しみにしている。

ヘルムート・バトリネール

 いやあ、読んでいるこちら側まで誇らしくなりますね。
 この批評には鈴木さんが「日本人」であることを意識させるところがひとつもない。もはや「日本人」という見方を、あちらの方はしていないんですね。つまり、海に囲まれた島国に住んでいる我々だけが「日本人」と「クラシック音楽」の関係をことさら取り沙汰しているような気がする。

 今回の演奏会は文化庁在外研修派遣員としてウィーンに留学した林さんと鈴木さんが知り合ったことに端を発している。林さんは夫人(臼木摩耶さん)と共に、なんと岩手大学管弦楽団のトレーナーを十年以上にわたってつとめており、盛岡との縁が深い。世の中狭いものです。
 林さんは「留学中に人前で演奏することの大切さを改めて学んだ」と謙虚におっしゃり、ヨーロッパで経験したホームコンサートを日本でもぜひ実現したいと思っていたので、ラ・ラ・ガーデンの演奏会は「理想通り」だったという。嬉しいお話だ。
 鈴木さんは盛岡でピアノを学んでいる(将来の)ピアニストのために公開レッスンをひらき、指導にあたった。これも嬉しいことだ。

 ラ・ラ・ガーデンは音楽専用に設計されたホールというわけではないので残響がない。しかも、冬はお客さんが厚着をしてくるので音が吸われてしまう。ことに弦楽器は気の毒だ。チェリストの藤原真理さんが「演奏家にとって不利な場所での演奏会のときは、自分の演奏をチェックするいい機会だと思うようにしている」とおっしゃっていたのを思いだす。
 ホールとは違った雰囲気を演奏家も聴衆も楽しめる場として、また研鑽の場としてラ・ラ・ガーデンに今後も期待したい。

◆このごろの斎藤純

〇所属する田園室内合奏団が出演する「田園フィルハーモニーコンサート」を、おかげさまで盛況のうちに終えることができた。地元の人たちからなる混声合唱団と共に「メサイア」を演奏中、涙で楽譜が見えなくなりそうになった。感動しながら演奏できるのはアマチュアの特権だと思う。
〇コンサート終了後、関係者による打ち上げの会場で、素晴らしい合唱を聴かせてくださった不来方高校音楽部の女子生徒が「祈りの曲だったので、早く平和な世界がくることを祈りながら歌いました」と挨拶を、特別にアカペラでコーラスを披露し、大きな拍手を浴びた。本番と同様、忘れられない思い出ができた。
〇「イラク攻撃に抗議し、即時中止を求める緊急集会」(3月29日盛岡市の岩手教育会館、イラク戦争に反対する岩手の会主催)から9カ月が過ぎようとしている。事態は悪いほうへ悪いほうへと向かっていて、小泉内閣は自衛隊のイラク派遣に執念を燃やしている。真にイラクの復興支援を考えているならば、他に方法はいくらでもある。それに今、自衛隊を派遣すれば「派兵」になる。なぜなら、イラクはまだ戦争状態だからだ。ブッシュ大統領は「戦争終結」を宣言したが、どこの世界に降伏調印などの手続きを得ていない「終戦」があるだろうか。
〇今週末の日曜日(21日)に、プラザおでって前の広場で「平和を願う集いin盛岡」がひらかれる。誰でも自由に参加してアピールし、メッセージを書いてもらおうという試みだ。寄せられたメッセージは小泉首相に郵送するという。僕も参加するつもりだ。
〇イエローリボン・プロジェクトが静かにひろがりつつある。黄色いリボンを付けることがイラク派遣反対の意志表示になる。僕も家内につくってもらったリボンを付けている。21日はこれの作り方も紹介される。

アメリカ/サイモン&ガーファンクル を聴きながら