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◆第75回 夏休みのおすすめ ( 12.july.2004)

「ゴッホ、ミレーとバルビゾンの画家たち」展
岩手県立美術館 2004年6月22日-8月15日

 展覧会場に入り、壁にかかった絵をざっと見まわす。
  -日本人好みの絵ばかり、よくこんなに揃えることができたなあ-
 これが第一印象だった。
 もっとも、ミレーをはじめとするバルビゾン派の風景画はもともと日本人に広く受け入れられてきたのだし(僕にとっては旧橋本美術館にあったバルビゾン派の絵画が西洋画の入口だった)、ゴッホも日本では人気がある(棟方志功、萬鉄五郎など東北ゆかりの画家にもゴッホが与えた影響は大きい)。つまり、僕たちはこの展覧会に集められたような作品でもって西洋絵画を吸収してきた。だから、日本人好みの作品を意図的に集めたように感じられるわけだ。

 ゴッホとミレーの人気について、今一度考えてみる。たとえばセザンヌも人気はあるが、セザンヌは純粋芸術として見応えはあっても、感情移入する対象にはならない。一方、ゴッホはその苛烈な人生の物語を僕たちは作品の背後に見てとろうとするなど、どうしても感情移入をしてしまう。まあ、「思い込み」といってはそれまでなのだが。
 ミレーについても「畑仕事をしながら絵を描いた農民画家」と一種神聖化した物語を抱いている人も少なくない。だいいち、ミレーの作品は説明がなくても何が描いてあるのか一目瞭然だ。これがミレー人気の最大の理由に違いないのだが、ミレーは聖書の世界を農民画で表現しようとしたので、聖書を理解していないとミレーを理解することはできない(らしい)。

 しかし、ミレーとゴッホでは「水と油」じゃないか。その生き方にしても、作品にしても。
 ミレーやバルビゾン派の作品は、ただただ穏やかで、今風の言い方をするなら(いやな言葉だが)癒しの絵だ。ゴッホはその対極にある。ミレーやバルビゾン派の作品なら一日観ていることができるが、ゴッホとなるとそうはいかない。一日観たら、疲れ切ってしまう。
 そんなことを思いつつ作品を見てまわった。やがて、この展覧会の意図するものがわかった。
 ミレーの作品を模写したゴッホの作品がある。また、ミレーの作品を下敷きにしたゴッホの作品がある。ゴッホはミレーに心酔していたのだ。

 ゴッホは筆まめだったので膨大な量の書簡が残っている(それがゴッホ研究に役立っている)。そのなかにミレーへの賞賛が何度も何度もあらわれる。ここではそれを紹介するスペースはないが、ゴッホはミレーの(テクニックや題材もさることながら)作品に込められた「魂」に共感し、心酔した。

 ただし、ゴッホのミレーに対する共感や心酔には、ある面で独りよがりな思い込みがあった(まあ、ゴッホは何に対しても妥協も中庸も知らず、ひとえに過剰な人間だったので不思議ではないけれど) 。そのあたりの事情を展覧会場で販売している展覧会図録(岩手県立美術館の佐々木英也館長が監修だ)に、安井裕雄さん(岩手県立美術館専門学芸員)がまとめていて、僕はこれをとても興味深く読んだ。安井さんはサンスイエ著「ミレーの生涯」とゴッホのミレー傾斜の関連を実にみごとに考察している(岩手県立美術館にはこういう優秀な学芸員がそろっていることを我々は大いに誇りにしていい)。

 話はそれるが、僕は展覧会に行ったら図録を必ず入手する(遠方で行けない展覧会の場合は郵送してもらう)。一冊2000円は高いような気がするかもしれないが、同じような画集を買おうと思ったら、その倍はするだろう。また、図録に収められた論文(といっていいのかな)も、読みごたえのあるものが多い。これも単行本で買えば、それなりの価格になるだろう。だから、展覧会の図録は実は安い買い物なのだ。
 ついでに記すと、美術展で販売される図録に比べて、クラシックのコンサート会場で販売されるパンフレットの何と中身のないことか。あれはもっとどうにかならないものだろうか。映画のパンフレットより中身がない。ヨーヨー・マの「シルクロード・プロジェクト」のパンフレットはなかなか充実していて特筆に値するが、他も見習ってほしいものだ。

 「ゴッホ、ミレーとバルビゾンの画家たち」展は先に名古屋市美術館で開催された。たまたま開催期間中に名古屋を訪れたのだが、市内の目抜き通りに同展のフラッグが飾られるなど、ずいぶんお金をかけて展覧会を宣伝していた。岩手では口コミでひろがり、この展覧会が盛り上がることを期待したい。
 これだけ見応えのある美術展を経験できるのは、岩手県立美術館ができたおかげだ。この幸福をぜひ多くの人で分け合いたいと思う。

◆このごろの斎藤純

〇暑い日がつづいている(梅雨は明けたのだろうか)。僕は暑さに弱いので、ちょっとうんざりしている。が、来月も本が出るので、夏バテしている暇はない。
〇おかげさまで『銀輪の覇者』(早川書房)が好調で、早くも「いっきに読み終えた」とか「泣けた」という反響が届いてます。いっきに読み終えたという感想は嬉しい反面、一年以上かけて書いた大長編なので、じっくり読んでほしいと内心ちらりと思いますが、それは著者の勝手な言い分でしかない(笑)。

イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタを聴きながら