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◆第77回 ヒノテルとjazz ( 9.august.2004)

日野晧正クインテット・ライブ
7月27日 午後7時 ジャズスポット・ノンクトンク(盛岡市)

 僕にとって最大のアイドルはマイルズ・デイヴィスなんですが、マイルズは天国にいるので、地上のアイドルということになると何てったってヒノテル(日野晧正)だ。
  ヒノテルは去年9月にも来ている(田園ホール・矢巾町)。今回はライヴスポットの演奏なので「大きなホールとは違う演奏が聴けるぞ」と期待して出かけた。もちろん、期待は裏切られなかった。いや、期待以上のライヴだった。

 メンバーはこのところのレギュラーである多田誠司(アルトサックス)、石井彰(ピアノ),金澤英明(ベース),井上功一(ドラムス)。
 リーダーとして、また、他のグループのメンバーとして活躍中の多田誠司と石井彰は最も忙しいミュージシャンと言っていい。金澤英明は「超」がつくベテラン、井上功一は故日野元彦(ヒノテルの実弟でドラマーだった)の二番弟子だ(一 番弟子は誰なんだろう、といつも疑問に思う。もしかすると、ヒノテルが一番弟子なのだろうか)。
 ヒノテルもタダセイ(多田誠司さんのこと)もマイクを使わなかったので、生の楽器の音を存分に味わうことができた(アメリカではプロになるための最低条件が「音がデカいこと」だという話を思いだした)。

 プログラムはオリジナル曲とスタンダード、それにMisiaの「Everything」などだが、ヒノテルの手にかかると、どの曲もヒノテルのオリジナルになる。まさに大橋巨泉氏がジャズ評論家時代に残した名文句「ジャズに名曲なし。あるは名演のみ」を地で行く。
 他の多くのトランペッターは「フレディー・ハバート風」だったり、「マイルズ・デイヴィス風」だったり、「チェット・ベイカー風」だったり、要するに「ネタが割れる演奏」なのに対してヒノテルはあくまでもヒノテル風(というのも妙だけれど)だ。実はヒノテルはデビューのときからそうだった。

 久々に手がけたサウンドトラック(全編ピアノの石井彰とのデュオ)からの「EMBER」も演奏された。その映画は「透光の樹」(主演:秋吉久美子 永島敏行/ 監督:根岸吉太郎)で、この秋に公開されという。これも楽しみだ。
 ちなみに、僕がヒノテルを最初に聴いたのは『白昼の襲撃』というアクション映画のサウンドトラックだった(映画そのものは観ていない)。

 ヒノテルはスターのワンマン・グループとして独りで音楽をつくるのではなく、メンバーの個性と力量を最大限引きだそうと努めていた。その緊張感とメンバーがお互いに刺激しあって生まれる相乗効果が、密度の濃い演奏となって我々の耳に届いた。
 ことにトランペッターにとってドラマーは「燃料噴射装置」のような役割を果たす。井上功一との「音によるバトル」は、真剣勝負を想わせた。

 ヒノテルはライヴという実践を通して、ミュージシャンを育てている。その現場に我々は居合わせたわけだ。
 ライヴの場では、我々聴き手の呼吸、反応、拍手などもその相乗効果に含まれる。ミュージシャンだけでなく、聴き手も「音楽をつくる」のだ。
 この日の聴き手が素晴らしかったことは特筆しておきたい。ヒノテルの「こういうお客さんの前なら、毎日、演奏したい」という言葉は決してお世辞だけではあるまい。

 日野晧正さん(ここからヒノテル改め、日野さんと表記します)には「教授」という別の顔もある(画家という顔もあるのだが、それはまたの機会に紹介します)。大阪音楽大学短期大学部の客員教授として後進の指導にあたっているのだ。
 トランペット教則ビデオとテレビの番組でその指導ぶりを拝見したことがある。
 一方的に押しつけるのではなく、個性を尊重しつつ、「(基本を)曲げていいところと曲げてはいけないところ」を明確に指導する。これは、ご自身の体験(必ずしも基本に忠実で正統的な演奏法ではない)に基づいているから、教わるほうも身近に感じられ、受け入れやすいだろう。

 技術的なことだけを教えるのではない。「大切なのは感謝の気持ち。東西南北(世界中という意味ですね)、天と地(自然という意味ですね)に対する感謝を胸に」と、これはコンサートのときにもたびたびおっしゃる。
 日野さんは演奏も熱いが、語りも熱い。「親が子を殺し、子が親を殺す。友だちが友だちを殺す。大変な世の中に生きている。今日ここに来てくださった皆さんのように、ジャズを愛する気持ちがあれば、人殺しなんてできないはず。だから、みんなでジャズをもっと聴こうよ」と、この日もおよそ30分ばかり独演会を聴くことができた。
 「ありがとう、という人が少なくなった。言葉にしなくなると、その気持ちもなくなっていく。ありがとう、と口にする勇気を持ってほしい」
 ノンクトンクの店内を埋めつくしたファンも、大いに共鳴する内容だったと思う。
 「僕は盛岡に疎開していたので、本籍がずっと盛岡だったんですよ。大きなスイカを食べた記憶だけしかありませんが」と、盛岡との縁を披露したときは(祖父は気仙沼出身とのこと)、「おお」という驚きの声があちこちから上がった。

 去年の田園ホールでのコンサートでは、矢巾中、矢巾北中の吹奏楽部の生徒ら70余人との共演(競演?)が印象深い。『聖者の行進』&フリージャズをやったのだが、生徒がだんだん乗ってきて(日野さんの乗せ方がうまい!) 、いやあ、あれは楽しかった(というか、僕もあの生徒のなかに入りたかった)。
 また、こういう試みがあるといいですね。

 日野さんとは5年前にニューヨークでお会いした。あるテレビ番組の収録スタジオにお邪魔し、それから夕食をご一緒した。
 僕を紹介してくださった方が「純さんはトランペットを岡崎好朗さんに習ってるんですよ」などと言ったものだから、大変なことになっしまった。「ちょっと吹いてごらん」とヤマハ特製のトランペットを渡されたのだ。内心は逃げだしたたかったが、なんとか音を出した。日野さんはすかさずドラムスを叩いてくださった。8小節ばかり吹いて降参したが、いい思い出だ。
 そのとき、日野さんが酒も煙草もやらず、肉もほとんど食べないことを知った(還暦を過ぎてもあの若さを保っている秘訣ですね)。
 ノンクトンクで日野さんは「もっと若い人に聴きに来てほしい」とおっしゃっていた。この日のライヴチャージは1ドリンク付きで8000円。高いという印象を受けるかもしれないが、ブルーノート東京あたりで聴けばそれ以上だし、しかも演奏時間はノンクトンクの半分くらいだろう。つまり、盛岡の人はお得な環境に恵まれているのだ。

◆このごろの斎藤純

〇オートバイ専門誌『BMW BIKES』(ネコ・パブリッシング)に連載していた紀行エッセイが、今月末に単行本になって出る。その最終作業に追われているが、とてもお洒落な本になりそうなので楽しみだ。
〇『銀輪の覇者』が「小説推理」9月号で「今月のベストブック」に選ばれた(香山二三郎氏による書評)。「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」では西上心太氏から〈今年の収穫であり、作者の代表作といっても過言ではないだろう〉と評していただいた。また、僕が一番怖い井家上隆幸氏からも心強いエールをいただいた。『銀輪の覇者』は岩手日報夕刊に連載した新聞小説を加筆訂正して単行本にしたものだ。初めての新聞小説の連載でとても苦労したが、その甲斐があった。

ヴィヴァルディ:合奏協奏曲集「調和の霊感」Op.3/ファビオ・ビオンディとヨーロッパ・ギャランテを聴きながら