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◆第106回 小澤征爾氏をプリウスに乗せて・前編(19.september.2005)

ロストロポーヴィチ&小澤征爾〈コンサート・キャラバン2005〉
2005年8月14日〜20日

 3年前の夏、ロシアが生んだ今世紀を代表するチェリストで、指揮者でもあるムスティラフ・ロストロポーヴィチ氏と小澤征爾氏(改めてご紹介する必要はあるまい)が、若手の演奏家たちからなるオーケストラを率いて、岩手県内の学校、病院、福祉施設、お寺など14箇所で(ゲリラ的に)コンサートをひらいた。
 私はその2年ほど前に日露両巨匠の共演を隅田トリフォニーホールで初めて聴いて、椅子から立ち上がれなくなるほど感激した。コンサート・キャラバンではあの感激を再び味わうことができた。いや、それ以上のものだった。

 私はロストロポーヴィチ氏のファンで、ルドルフ・ゼルキン(P)と録音したブラームスのチェロ・ソナタをはじめ、旧ソ連時代の貴重な録音を含むボックスセット、それにショスタコーヴィチ(ロストロポーヴィチはショスタコーヴィチから直接指導を受けている)の交響曲全集などを愛聴している。
その憧れのチェリスト/指揮者を目の前で見ることができ(さらには言葉も交わし、サインまでもらえたわけだが)、一生の思い出となった。コンサート・キャラバンはロストロポーヴィチ氏の年齢的な理由から、これが最後になると聞いて寂しく思ったものだ(バックナンバー第31回をご参照ください)。

 このときの受け入れスタッフが、NPOコンサート・キャラバンを組織し、活動をはじめた(私はそのメンバーではないが、ま、何というか取り巻きの一人です)。昨夏、キャラバンに参加していた弦楽器奏者8名を招いて、各地でメンデルゾーンの弦楽八重奏曲などのプログラムによる演奏会をひらき、大きな感動と余韻を我々に残した。
また、今年のはじめにはキャラバンの中心的メンバーの一人である井上静香さんらを招いてコンサートを主催した(バックナンバー第90回)。

 こうした活動はコンサート・キャラバンを一過性のお祭りに終わらせず、その理念を地道ながら受け継いでいこうというあらわれである。
 その理念についてまず説明をしておかなければならない。
 コンサート・キャラバンを提唱したのはスラヴァ(マエストロ小澤氏はじめ、キャラバンのスタッフ、楽団員たちは尊敬と親しみを込めてロストロポーヴィチ氏をそう呼んでいる)である。
 「コンサート・キャラバンをやると、音楽家になった喜びがわかるよ」
 スラヴァのこの言葉に触発されて、小澤氏はコンサート・キャラバンを実現させた。
 と書けば簡単なように聞こえるが、世界中からひっぱりだこの小澤氏が、無料コンサートのツアーのために一週間以上のスケジュールを確保するのはまず不可能に近い。その不可能を可能にしたのは、ひとえに小澤氏のコンサート・キャラバンにかける思いであろう。

 世間でしばしば「献身的」という言葉を目に、耳にするけれど、コンサート・キャラバンにおける小澤氏ほどの「献身」も、まずめったにお目にかかれまい。
 何に対する献身か。
 音楽への献身である。

(第107回に続く)

◆このごろの斎藤純

〇9月11日沢内村銀河高原で〈バイク&野外ライヴ・フェスティバル〉という大きなイベントがあり、永山育夫BMWBIKES編集長、菅生雅文アウトライダー編集長、フォトグラファーの小原信好さんとのトークショーを行なってきた。集まったオートバイは600台、およそ2000名の方々が秋晴れの沢内村銀河高原に集まり、のんびりと過ごした。山本司さん(私は以前からファンだ)のライヴに、耳の肥えた永山さんや菅生さんらが「凄い! こういう人が岩手にいるのか」と驚いていた。私も鼻が高かった。
〇同じ日の夜、岩手県民会館中ホールで山下洋輔トリオのコンサートがあった。「きらめく音階」というのだろうか。圧倒的な音の質と量、絢爛にして知性的、どこかスポーツにも似た山下洋輔独自の世界を満喫した。

フルハウス/ウェス・モンゴメリーを聴きながら