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◆第114回 庄司紗矢香ヴァイオリン・リサイタル(9.january.2006)

2005年12月20日 午後6時30分開演 岩手県民会館大ホール

 大変なものを聴いた。いや、聴かせていただいた。
 何年かに一度あるかないかの演奏を目の当たりにし、その興奮と充実感が(年の明けた今でも)尾を引いている。

 本題に入る前に「神童」について所感を記しておきたい。
 クラシック音楽の世界では何年かに一度、神童があらわれる。神童は一般のニュースにも取り上げられ、世間の話題となる。そして、人々は神童のコンサートに群がる。
 数年後。神童は成長し、神童ではなくなる。神童と呼ばれる期間は極めて短い。ましてや、そのころになるとクラシック・ファン以外の人々はその神童のことをすっかり忘れている。残念ながら、たいがいの人々は音楽ではなく、センセーショナルを求めているにすぎないことがわかる。

 私は神童に興味がない。生まれてから十数年間、音楽室のなかだけで「楽譜を忠実に再現する」ことのみに傾注してきた「くちばしの青い音楽家」に、人間の愛や苦悩を伝えることができるとは思えないからです。つまり、「楽譜をみごとに再現すること」(それはそれで充分に大変なことではあるのだけれども)だけが音楽だとは思っていないのです。
 音楽は人格を反映する。音楽は人間性そのものだ。十代半ばの音楽家が弾くモーツァルトやバッハと、人生経験をある程度経た音楽家が弾くそれが同じであるわけがない。そのどちらを好むかは、人それぞれかもしれませんが。

 庄司紗矢香は1999年、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールにおいて日本人として初めて優勝した。同コンクール史上最年少記録でもあった。16歳の天才少女出現と世界中のマスコミが騒いだ。 あれから6年、あの庄司紗矢香も神童ではなく、「耳を傾けたいヴァイオリニスト」の一人になって(←なにを偉そうに!)、盛岡に来てくださった。

演奏曲目
〈第1部〉
[1]シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105
[2]ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ ト短調 Op.134
〈第2部〉
[3]R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 Op.18
〈アンコール〉
・シューマン:3つのロマンスから第2曲
・バルトーク:ルーマニア民族舞曲
・ドヴォルザーク/クライスラー:スラヴ舞曲第2集 Op.72

 第1部が終わった休憩時間中、[2]の熱演に対する絶賛の声がロビーのあちこちで聞かれた。松本伸弦楽工房の松本伸さんが「こんな感動は何年ぶりだろうか。ヴェンゲーロフを聴いて以来かな」と興奮した笑みを見せているところに、弦楽合奏団バディヌリを主宰する寺崎巌さんがやはり頬を紅潮させて「いや〜、まいったなあ」と加わった。
 この夜、岩手県民会館大ホールにいらした方は(残念なことに、がらがらの客席だったが)、何年かに一度あるかないかというコンサートに当たったと言っていい。

 その音楽をもう少し冷静に紹介すると、ショスタコーヴィチという天才作曲家が、冷戦時代&文化統制下のソ連をどのように生き抜いたかを如実に語る演奏だった。たぶん、庄司さんは本を読むなどして当時の状況を勉強されたに違いない(これは大事なことなんです)。もしかすると、『ショスタコーヴィチの証言』を読まれたのかもしれない(この本、旧ソ連の体制派は躍起になって「偽書である」とプロパガンダしたが、偽書だったら今も熱心に読み継がれるわけがない)。
 シューマンを弾くときとは顔つきも姿勢も、もちろんヴァイオリンの音色も違った。凄絶な演奏だったと言ったら、言葉が過ぎるだろうか。

 実はシューマン(この曲は近年の流行のようで、取り上げられることが多くなった。華やかさに欠けるため、ヴァイオリニストにとっては聴かせどころの難しい曲なのだそうだが)では「お教室の演奏」という感じがした。ショスタコーヴィチにはシューマンとはまったく別のタレントが要求される。この調子でショスタコーヴィチを弾かれたら困るな、などと大変失礼なことを考えていたのです。もう土下座して謝りたいです。

 いや、シューマンだって第1楽章の後に「意図した拍手」が起きるくらい立派な演奏だったんですよ。「世界のトップレベルとは、こういうものなのか」と瞠目させる名演だったことは確かです。
 でも、それはショスタコーヴィチのための助走にすぎなかった!
ショスタコーヴィチは最初から最後まで超絶技巧のみという曲だ。爪先から頭のてっぺんまで使って、ヴァイオリンを鳴らすというより、体全体を楽器にして鳴り響かせていた。弾き終えた庄司さん、その場に倒れるのではないかと心配しました(この演奏はヘヴィメタル・ファンが聴いてもきっと感銘を受けただろう)。
 この曲のときだけステージの照明を暗く落とす演出も効果的だった。

 ピアニストのイタマール・ゴランもよかった。ことにショスタコーヴィチでは、寄り添ったり、対立したり、追いかけたり、追いかけられたりと、かなりの技量が求められる。出るべきところは出るが、決して主役を(わざと)食うようなことはしない。やはり、人柄の滲み出る演奏だったと思う。

 ちなみに2006年はシューマン没後150周年、ショスタコーヴィチ生誕100周年にあたる(クラシック業界はモーツァルト生誕250周年に湧きかえり、モーツァルト・イヤーという言葉まであるくらいだが)。

[3]は交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』などでお馴染みシュトラウス23歳の作品。私は交響詩『英雄の生涯』や『アルプス交響曲』などのオーケストラ作品があまり好きじゃないので、シュトラウスにとってはいいお客さんではありませんが、やや重い第1部の気分を一転させ、爽快に終わった。この曲を弾き終えた庄司さんの笑顔が「普通の女の子」(女の子というのは失礼かもしれませんね)に戻っていたのが印象的だった。

 それにしても、客席がガラガラというのは残念。今回はテレビ岩手の主催だったが、たとえば毎日の天気予報に庄司紗矢香のCDをBGMに使うとか、夕方の生番組に庄司さんのインタビューを流すなど事前の広報活動が充実していれば、もう少し何とかなったのではないかと思う。
 でも、この日の聴衆は「いない人の分」まで熱い拍手を送り、庄司さんもそれに応えてくださった。盛岡では客席が淋しいコンサートで名演に接することが少なくない(例:第99回のオルフェウス室内管弦楽団をご参照ください)。

 冒頭の話に戻るけれど、神童とか天才少女・少年として脚光を浴びることと音楽家として成功を収めることは必ずしも一致しない。むしろ、神童と騒がれた音楽家は、その分、背負わなくてもいい苦労を背負うことにもなる。あのモーツァルトでさえ、それで苦労をした。
 これからの庄司紗矢香に「神童」とか「天才少女」のレッテルはもう必要ないでしょう(日本人はとかくそういうレッテルに弱いが)。堂々たるヴィルトゥオーゾの道をしっかりと歩んでいくことだろう。4年後くらいにまた聴いてみたい。

◆このごろの斎藤純

〇去年もさまざなイベントや市民活動に関わった。それぞれ有意義だったものの、そのため自分の本来の仕事が結果的におろそかになってしまった。また、執筆のエネルギー源である旅(ツーリング)にも時間を割けず、悪循環をくりかえすことになった。そこで、今年は執筆専念宣言をします。
〇物書きが改めて執筆に専念すると宣言するのも妙な話だが、これは「今年一年、各方面に不義理をしますよ」という意味ですので悪しからず。この場をお借りして先に謝っておきます。
〇それはそれとして、今年も『目と耳のライディング』をよろしくお願いします。

TANGO IMPROVISADO/廣木光一を聴きながら