トップ > 目と耳のライディング > バックナンバーインデックス > 2006 > 第117回


◆第117回 山下洋輔、日野晧正、川嶋哲郎(20february.2006)

SUPER JAZZ 〜夢のコラボレーション〜
2006年2月4日(土) 18時30分開演 江刺市体育文化会館

 江刺市(今日から合併して奥州市になるんですね)で、山下洋輔(ピアノ)、日野晧正(トランペット)、川嶋哲郎(テナーサックス、フルート、ソプラノサックス)という変則的な編成のコンサートがあった。どこが変則的かというと、いわゆるリズムセクション(ドラムス、ベース)がいません。
 演奏曲目は割愛するが、3者それぞれのソロ、組み合わせ可能なすべてのデュオ、そしてトリオによるプログラムが組まれた。このコラボレーション、4年ほど前からやっているそうだ。山下さんと日野さんのドライヴ感というのかグルーヴ感というのか、音楽をぐいぐいひっぱっる推進力に(いつものことながら)圧倒された。ベースとドラムスがいなくても、まったくそれを感じさせなかった。

 若手の川嶋さんも、この両巨頭とがっぷり四つに組んで見事だった。フルートを尺八のように響かせる和風の曲を演奏したが、これは日野さんの影響を受けたのだろうか。日野さんは昔から「しゃくりあげる」奏法を日本古来の響きとして自分のものにされている。
 それにしても、ライヴならではの「強み」について改めて考えさせられた。というのも、この日の演奏をCDで聴いたら、けっこう難解な音楽という印象を与えるだろう。生半可な耳では、楽しむことができまい。でも、会場には笑いと緊張感と拍手がたえなかった。ライヴだから、(ジャズにうとい人でも)楽しめたのである。
 お二人とも話術の天才でもあるから、お喋りもおもしろかったし、日野さんは(タップダンサーだったご尊父から伝授した)タップダンスとボーカル(これは余興)も披露するサービスぶり。
 お二人にはお客を楽しませるエンターテイナーと、ハイブラウ(あえてこう言いたい)な音楽を追求する二面性がある。これはしばしば衝突してしまうものなのだが、お二人の場合は自己の内で両立している。まあ、世界の一流というのはそういうものかもしれない。小澤征爾氏にもこの二面性が当てはまる。

 ヒノテルこと日野晧正さんのことを少し書きます。拙著『音楽のある休日』にも書いたのですが、日野さんは「音楽の心得」として「天・地・東・西・南・北、すべてのものへの感謝だ」とおっしゃる。こういう人の音楽だから、間違いがない。
 9年前、ニューヨークのスタジオでDVDの収録現場を見学させていただいた。きっちりとアレンジされた楽譜を渡された日野さんは「俺は楽譜弱いんだよなあ。譜面通りに吹くなら、〇〇を呼んだほうが上手だよ」とジョークを飛ばしながらも、初見でちゃんと演奏された。当然だ。ジャズ界で最も複雑な楽譜で知られる故ギル・エヴァンズのオーケストラで吹いていたこともあるのだから。
 岩手ジャズ愛好会の黒江元会長が「日野さんが朗々とオーソドックスに吹いているとき、ふとハリー・スィーツ・エディソンを思わせますね。しっかりとそういう土台があるんですよ」とおっしゃっていた。なるほどなあ。
 ぼくは日野さんの人柄、音楽、トランペットの深い音色---すべてが好きだ。この日の演奏はたくさんあるアルバムのなかでもぼくが最も好きな『トリプル・ヘリックス』(ピアノ菊地雅章、パーカッション富樫雅彦)を思い起こさせた。

 山下さんも日野さんも日本の(いや、世界の)ジャズシーンでは重鎮なのだが、なにしろ見た目もお若いし、国から表彰されてもまったくふんぞりかえったりせず、軽やかにジャズをエンジョイされている。ご本人たちがエンジョイしているから、われわれ聴衆もその世界に抵抗なく引きこまれるんですね。

 よそごとながら実は集客(動員)を心配していた。ところが、江刺市体育文化会館はほぼ8割方埋まっていた。ぼくは岩手ジャズ愛好会の黒江元会長、宇津宮元副会長と一緒に行ったのだが、この動員数と会場の「ノリのよさ」に「江刺、恐るべし」と意見が一致しました。

◆このごろの斎藤純

〇前回この場でお知らせした朗読会は、おかげさまで大盛況でした。ご来場いただいた方には、大変窮屈な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。ぼくのブログ『流れる雲を友に』の2月12日号に報告を載せていますので、ご笑覧いただければ嬉しいです。

トリプル・ヘリックスを聴きながら