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◆第118回 茅葺き屋根の民家を描きつづけた画家(6.march.2006)

向井潤吉展 -日本の原風景をもとめて-
2006年1月28日-3月12日 萬鉄五郎記念美術館(花巻市東和町)

 世田谷美術館別館・向井潤吉アトリエ館は、向井潤吉(1901-1995)が世田谷区に寄贈した自宅兼アトリエ、作品、資料、収集した民芸品などからなっている。本展覧会には世田谷美術館と向井潤吉アトリエ記念館の所蔵品から、戦前の渡仏時代の模写を含む作品と、戦後に精力的に描いた民家のタブローと水彩画(素描)が展示されていた。

 向井潤吉は関西美術院で絵画の基礎を学んだ後、26歳で渡仏。ルーブル美術館での模写とアカデミー・ド・ラ・グランド・ショーミエールでの素描を日課にした。また、ヨーロッパ各地を旅している。
 帰国した向井を待っていたのは軍国主義の日本だった。向井は従軍画家として、戦争絵画(当時は聖戦絵画と呼ばれた)を描く。
 終戦後、戦争絵画を描いた画家に対して「戦争犯罪人」だとするバッシングが起こる(たとえば、この騒動によって藤田嗣治は故国日本を捨て、フランスに帰化し、レオナルド藤田として一生を終えるわけだが)。ところが、実際に戦争犯罪人とされた画家はいない。
 戦後は北海道から鹿児島まで日本全国隈なく歩き、茅葺き屋根の民家を描きつづけた。特に岩手の農村は、向井が好んだ土地で、遠野や滝沢を度々取材に訪れている。

 向井潤吉の画風は、フランス近代絵画の正統派であり、アカデミックなものだ。実際、コローに傾斜していて、アトリエに胡老軒と名づけたほどだった(そういう茶目っけのある方だったんですね)。それは、パリの石畳や建物を描くには適していただろうけれど、茅葺き屋根を描くには相当な創意と工夫が必要だったに違いない。油絵で日本の風景を描くだけなら、誰にでもできる。向井はもっと上を求めた。つまり、絵からちゃんと日本の匂いが漂ってこないようでなければ、納得できなかった。田舎の空気に牧歌的に浸って、民家をのんきに描いていたわけではない。

 ダムに沈む村があると知った向井は、いずれは湖底に沈む村の民家を描くために急いで出かけていったという。何が向井をそんなにせき立てたのだろうか。
 やはり、戦争体験が大きいような気がする。従軍画家として戦争記録画を描き、空襲によって焦土と化した東京を目の当たりにした。国土をずたずたに破壊され、多くの人命を失った日本は、その後、自国の歴史と文化を省みない急激な復興と高度経済成長を経験していく。
 いずれの日本も向井にとっては「亡国」と映ったのではないだろうか。経済発展こそが疑う余地のない「善」だった日本に向井は背を向け、消えゆく日本の原風景をせめてキャンヴァスに残しておこうとした。
 つまり、戦争絵画を描いた向井潤吉も、民家を描いた向井潤吉も根っこは結局のところ「日本を愛した画家」なのだ。愛するがゆえに、茅葺き屋根の民家を描くことを通して、失われていくもの、移ろいゆくものを惜しみつつ「大切なものまで失ってはならない」と無言の警鐘を鳴らしつづけた。

 正直なところ、20年前のぼくにとって向井潤吉の作品は退屈なものでしかなかった。それが今では退屈どころか、いくら見ても見飽きないのだから、ぼくもずいぶん変わった。向井潤吉の作品からスローライフやロハス(LOHAS)と呼ばれる新しいライフスタイルに通じるものを感じることができるのだ。

 今回は制作の参考にした写真が作品と並んで展示されていた。見くらべると、向井潤吉の「写実」が必ずしも実景通りの「写実」ではなかったことがわかる。省略や誇張をいくつも見出すことができるだろう。当然といえば当然なのかもしれないが、それが作品に奥行きや説得力を与えていることを改めて教えてくれる。

 それにしても、うまい。向井潤吉に向かって「うまい」というのも大それたことだが、本当にうまい。うますぎる。大向こうをうならす画風ではないが、目の垢が洗い流されるような思いがした。

 さて、制作のために何度も訪れた岩手と向井潤吉のあいだには別の縁もある。向井のアトリエは一関駅前(たぶん、今はホテルサンルート一関が建っている場所)から移築した古い土蔵だ。もうひとつの縁は橋本八百二との交流だ。昭和30年代に八百二と向井は一緒に渡仏している。そして現在、八百二の孫の橋本善八さん(世田谷美術館学芸員)が、向井潤吉アトリエ館に専属学芸員として出向されている。
 向井潤吉アトリエ館をぼくが訪ねたのはもう10年も前だが、オートバイの排気音に後ろめたさを覚える閑静な住宅街にあり、そこだけがコタン山と呼ばれた武蔵野の面影を残していた。きっと今も変わりなく、四季おりおりの姿を見せていることだろう。
 いいところですので、上京の際には、ぜひお立ち寄りください。

◆このごろの斎藤純

〇3月11日〜12日、岩手県公会堂で「もりおか中津川めぐみ感謝祭 」がある。これは「、中津川に花を植える、魚を放流する、清掃活動をする」など、中津川にかかわりのある活動をしている市民団体や学校などの活動の様子を発表、展示するもの。中津川沿いでは、まちと川を巡るミニツアーや馬車の運行も予定しているという。ぼくも盛岡自転車会議として参加する予定だ。ぜひ足を運んでください。
  平成18年3月11日(土)12日(日) 9:00〜17:00
  岩手県公会堂(大ホール、各会議室)
  主催 もりおか中津川めぐみ感謝祭実行委員会

スペイン・ギター名曲集/ジョン・ウィリアムスを聴きながら