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◆第120回 山の絵を観る(3.april.2006)

『スイス・スピリッツ 山に魅せられた画家たち』展
Bunkamuraザ・ミュージアム 2006年3月4日-4月9日

 山の絵を観るのが好きだ。
 山の絵といえば、まっさきにセザンヌのサント・ヴィクトワール連作を想う(ぼくを印象派の世界に導いてくれた作品だ)。19世紀にアメリカで盛んに描かれた西部風景画(ビアスタットやトーマス・モランなど)に惹かれ、わざわざワシントンまで観にいったものだ。日本では谷文晁、ずっと下って吉田博の山岳版画も好きだ。
 文晁は山岳図を盛んに描いた江戸時代の画家だ。南部藩江戸屋敷づめの藩医からの依頼で『日本名山図会』という画集も制作していている(岩手からは岩手山や七時雨山などが選出されている)。我が国最初の山岳画集といっていいだろう。

 文晁以前、日本では目の前にある風景を写実するということがなく、理想化された山水画が室町時代から延々と描かれてきた。
 ヨーロッパでも風景の写実がはじまったのは、そう古いことではない。中世において風景画は「低い価値のもの」という扱いだったようで、誰も手を出さなかった。人物を描いた肖像画こそが価値ある芸術だったからだ。山そのものを題材とした絵画が誕生するのは18世紀に入ってからになる。

 風景画が描かれるようになってからも、それは日本(というか東洋)と同じように、ある理想化された風景がまず描かれた。それは廃墟の背景として描かれたが、廃墟もまた実在のものではなく、ギリシア・ローマ風の空想の産物だった。

 たぶん、昔の人は写実という行為にあまり魅力を(あるいは創造的な価値を)感じなかったようだ。これは時代を逆上れば逆上るほど顕著になっていく(だから、遮光器土偶のような突拍子もない造形が生まれた)。

 話を戻す。
 山といえばアルプス。アルプスといえばスイス。というわけで、アルプスを題材にしたスイスの美術家による作品を集めた展覧会に行ってきた。

 スイスの画家というとセガンティーニの名がまず浮かぶ。大原美術館でセガンティーニを初めて観たときは、その透明な空気感に「世界がまったく違う絵画」という印象を持った。本展覧会ではセガンティーニはもちろん、最も初期に山岳絵画を描いたマイヤーから、その道の巨匠であるヴォルフ、ホドラーを経て、こんにちのポップアートや写真美術まで展示されている。

 アルベルト・ジャコメッティ(針金みたいな細身の人物像で有名ですね)が故郷の山を描いた《マローヤの風景》には驚いた。彫刻作品のように山を細く描いてはいないものの、本質的には同じことをやっているように感じた。そのへんのことを図録の解説は「山の肖像を描いている」とうまく言いあらわしている。
 その父、ジョヴァンニ・ジャコメッティの作品(セガンティーニとの合作もあった)を初めて観ることができたのも収穫だった。

 初期のアルプス山岳絵画には人物が(たとえ、豆粒のように小さくても)描かれている。それは猟師と画家(作家本人)というように、そこを仕事の場(画家にとっては芸術創造の場であり、仕事場といっていい)としている人たちだ。登山観光客が描かれるようになるのは19世紀も半ばを過ぎてからだ。

 さて、日本には登山という概念がなく(山は修行の場だった)、明治に入ってから登山がスポーツ・レジャーとして輸入された。谷文晁などは例外で、山の絵が描かれるようになるのもそれからである。

 それにしても、盛岡のように山に囲まれたところで暮らしていながら、どうして山の絵を観るのが好きなのだろうか。
 山の絵を観るようになったのは、東京都下で暮らしていたころだから、心のうちに自然への渇望があったのは確かだろう。でも、今は自然に恵まれた土地で暮らしている。何も山の絵を観るまでもない。
 もちろん、外国の山の風景に対する憧れもある。毎夏、ツール・ド・フランス(フランスを一周する世界最大の自転車ロードレース)の衛星中継を見るのは、レースへの興味もさることながら、自転車が走るアルプスの景観が素晴らしいからでもある。

 自然の風景というのは(動植物も同じだが)、人間が「美しい」などと評価しようとしまいと、たとえ誰も見ていなくても(ということは人間が発見する以前から、あるいは発見されていなくても)ちゃんとそこに毅然と美しくありつづける。
 これが崇高な美なのだろうか。
 ぼくが山の絵に惹かれるのは、その崇高な美を平面(キャンバスや紙)に移そうと試みてきた人間(画家)の営みへの共感なのかもしれない。

◆このごろの斎藤純

〇雪道は自転車に乗らないので、雪解けと共に自転車シーズンを迎える。で、近所の自転車屋に持ち込み、整備をしてもらった。自転車の整備くらい自分でもできるのだが、自転車屋で整備をしてもらい、TSマークを貼ってもらうと損害保険も付いてくるのだ。
料金は整備代込みで、だいたい2000円から(部品を交換すると実費がかかる)。お勤めの人は勤め先で保険に入っているし、通学している人は学校で入っているだろうからイザというときでも心配ないが、そうじゃない自転車乗りには必需品だ。

ドヴュッシー:交響組曲「春」を聴きながら