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◆第125回 青年団『上野動物園再々々襲撃』を観る(12.june.2006)

青年団第50回公演『上野動物園再々々襲撃』盛岡公演
2006年6月3日 盛岡劇場メインホール

 1997年に急逝した金杉忠男(70年代から80年代、伝説のアングラ劇団中村座を主宰、90年代には金杉アソシエーツを結成し、果敢な変貌を遂げた)が病床で書き記した遺稿(原稿用紙8枚ほどだったという)と、名作『上野動物園再襲撃』をはじめとする中村座時代の旧作20数本から平田オリザ氏がエピソードを抜き出し、再構築した脚本で、2001年春に上演され、第9回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。平田作品の中でも異色作といわれている。

 同級生の葬儀の帰りに、後輩が経営する喫茶店にかつての仲間たちが集まり、思い出を語り合う。それだけの芝居だ。それを2 時間、決して緩まず、大いに笑わせ、たっぷり泣かせるのだから、まったく只者ではない。終演後の〈平田オリザ・ポストトーク〉(これが出色のおもしろさだった)で平田オリザ氏は演出について「つくらず、自然のまま」を強調したが、役者にとってはそれこそ最も難しい要求だろう。

 たとえば、客席に背を向けてセリフを喋る場面が少なくない。演劇には不案内だが、普通、セリフを言う役者は(わざと臭く)正面を向くのではないか。
 セリフがかぶさる(あちこちで会話が成立している)場面もけっこうあって(もちろん、大切なセリフのところではそういう演出はしないが)、面白いやり方だなあ、と思った。

 同級生や町内の人たちが喫茶店に集まっては散会し、登場人物がどんどん入れ替わる。群衆劇というのだろうか。喫茶店の中でのセリフのやりとりだけなので動きの少ない芝居なのだが、登場人物の入れ代わりが一種の緊張感を生む。

 大袈裟なセリフはなく、我々の日常会話の延長が舞台上でくりひろげられる。エピソードのひとつひとつも、我々のまわりに転がっているような身近なものである。
 それでも、クスクス笑いと爆笑が連続する。安心して観られる上質のコメディだ。ちなにみポストトークで「わたしは居酒屋でバイトをしているので、今日のお芝居の中年のおじさんたちの会話を毎晩耳にしていますが、そういうところに行って取材をされるんでしょうか」という質問に平田オリザ氏は「取材をすると現実に縛られてしまうのであまりしない。リアルに感じたのであれば、自分の想像力の勝利である」というようなことをおっしゃっていた。創作する立場の一人として同感である 。

 舞台終盤、それまでバラバラだったエピソードが一点に集中しはじめる。と共に、客席の反応もそれまでとだいぶ違ってくる。爆笑している人もいれば、泣いている人もいる。同じセリフでふたつの異なった反応が起きはじめているのだ(ぼくは泣きながら笑っていました)。
 ぼくは演劇ファンとは言い難いのだが、それでも、この芝居が考え抜かれた計算の上に成り立っていることは想像できる。しかも、その計算が見透かされないように細心の注意が払われている。もちろん、それも計算のうちだ。それだけ、緻密な計算なのだ。
 やはり、ポストトークで平田オリザ氏自らの口から「ひとつのセリフで笑う人が半分、泣く人が半分というのが理想」とおっしゃった。その理想をみごとに実現されている。まいりました。
 それに応える役者も達者だ。
 出演している大崎由利子さんが金杉氏の未亡人であることをポストトークで知った。そのとき、また涙が溢れてきた。大崎さんは劇中で「死ぬな!」と叫んでいる。そのセリフの重さを改めて感じた。
 ポストトークでは、効果音や音楽を使わないポリシーなどもうかがうことができ、有意義な時間を過ごせた。

 もうひとつ、ポストトークでの愉快なやりとりを紹介して終わりにしたい。青年団という劇団名の由来についての質問に「第三エロチカとかカッコいい名前がはやった時期だったので、逆に目立たない名前にした。そのうち変えようと思っているうちに有名になってしまい、気にいってないのに、変えられなくなってしまった。が、この名前のおかげで地方公演などに行くと『東京の青年団が芝居をやりにきた』とチケットを買ってもらったりするので、助かっている」と答えられた。すると、質問者が「実はぼくも村の青年団に入っているので、それで気になっていたのです」と応じ、平田オリザさんも場内も大爆笑。
 このやりとりも含め、盛岡の演劇環境はいいなあ、と感激した(観劇にかけたわけではありません)。

 それにしても尾を引く芝居だ。
 ぼくは今年に入って、淡いお付き合いながら、何か絆のようなものを感じていた知人を二人、病で失った。その二人のことが、芝居を観ているあいだも、観終わった後も、こうしてこの文章を書いているときも思いだされる。
 平田オリザ氏も同じような思いで、この芝居をつくられたのではないだろうか。


原作:金杉忠男
脚本・構成・演出:平田オリザ

出演:
足立誠 猪股俊明* 大崎由利子* 大塚洋 荻野友里 木崎友紀子 志賀廣太郎 篠塚祥司* 高橋縁 天明留理子 根本江理子 羽場睦子* ひらたよーこ 松田弘子 安田まり子 山内健司 山村崇子
(50音順/*印は、旧金杉アソシエーツより参加)

スタッフ:
舞台美術/杉山至×突貫屋  舞台監督/寅川英司×突貫屋  舞台監督助手/櫛田麻友美  照明/岩城保  衣裳/有賀千鶴

◆このごろの斎藤純

〇なんだか、目がまわるほど忙しい。そのくせ、ちっとも儲からない。ま、こんなところでグチってもしようがないのだが。

リエージュに捧ぐ/アストル・ピアソラを聴きながら