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◆第132回 祝! 渋澤久美デビューリサイタル(18.september.2006)

渋澤久美パイプオルガン・デビューリサイタル「バッハの色彩」
盛岡市民文化ホール〈小ホール〉 2006年8月31日(木) 午後7時開演

 盛岡市民文化ホールは開館以来、専属オルガニストを置き、通常の演奏家に加えて、レクチャーコンサートやオルガン講座、さらには地元の音楽家との共演など実り多い活動を行なってきた。
 第89回にも書いたが、1980年代半ばから90年代半ばにかけて地方公共ホールの建設がラッシュを迎えた。パイプオルガンを備えたホールもたくさんできた。ところが、それは「めったに弾かれないパイプオルガンがたくさん誕生しただけ」という寂しい事態を招いた。
 そういうなかで、盛岡市民文化ホールの取り組みは全国にも知れ渡っている。この日も県外からのお客さんがたくさんいらしていた。

 《プログラム》
第1部
[1]D.ブクステフーデ:前奏曲 ニ短調 BuvWV140
[2]J.パッヘルベル:シャコンヌ へ短調
[3]J.S.バッハ:「ライプツィヒ・コラール集」より
  「主イエス・キリストよ、われらを顧みたまえ」BWV655
  「バビロン川のほとりで」BWV653
[4]A.ヴィヴェルディ/J.S.バッハ:協奏曲 イ短調 BWV593

第2部
[5]J.S.バッハ:コラール変奏曲「おお神よ、汝いつくしみ深き神よ」BWV767
[6]J.L.クレプス:コラール前奏曲「われら唯一の神を信ず」
[7]J.S.バッハ:パッサカリア ハ短調 BWV582

アンコール
[8]J.S.バッハ:コラール前奏曲「愛するイエスよ我らここに集いて」BWV731
[9]J.S.バッハ:「主よ人の望みの喜びよ」

 渋澤久美さんは水野均さん、吉田愛さんにつづく3代めの専属オルガニストとして今春、就任された。今回はそのお披露目コンサートである。
 国際的に活躍中の水野均さん、若手ながらすでに定評ある吉田愛さんの後継者だけにプレッシャーもかなりあったと思うが、多くの人の心に残る演奏だったと思う。つまり、大成功だった。

 成功の要因はふたつある。
 ひとつは渋澤久美さんの演奏に初々しさと清々しさがあり、「音楽と真剣勝負で向き合う」というよりも(そういうコンサートも必要なのです)、「安らぎ」や「癒し」に満ちていたことを挙げておきたい。
 もちろん、改めて言うまでもなく、渋澤久美さんが真剣勝負で挑んだからこそ、そういう音楽が奏でられたのだ。

  もうひとつの要因を忘れてはなるまい。それは聴衆の姿勢だ。
 この日、客席を埋めつくした聴衆からは、「盛岡へようこそ」と若きオルガニストを温かく迎える気持ちが感じられた。これを渋澤久美さんが感じとらないわけがない。
 しばしば書いてきたように、コンサートは演奏家と聴衆がつくりあげる芸術だ。その関係は(当然ながら)いつもうまくいくとは限らないが、うまくいくと、この世のものとは思えない甘美で崇高な時間が生まれる。
 渋澤久美さんは初めてのリサイタルでそれをちょっぴり(しかし、かなり高いレベルで)実現した。

 いやあ、盛岡の聴衆も偉い(と、書くと何だか僕が偉そうだが)。あれだけ集中したエネルギーをステージに向けて発すれば、演奏家も大いに励まされるはずだ。
 それもこれも、これまで十年間にわたって初代オルガニストの水野均さん、二代目オルガニストの吉田愛さんらの協力を得て育んできた音楽文化があればこそだろう。
 これもしばしば書いてきたことだが、著名な演奏家のコンサートをひらけばお客は集まるかもしれないが、それだけでは聴衆は育たない。いや、音楽文化は根付かない。
 この日のリサイタルはその成功例のひとつといっていい。

 曲目について簡単に触れておく。
 一見しておわかりのとおり、バッハをメインにしている。パイプオルガンは一台でバスからソプラノまで幅広い音域があり、音色も豊富だ。優秀なオルガニストだったバッハは、その機能と魅力をフルに発揮させた曲を残した。
 バッハ以外の作曲家についても、[2]のパッヘルベルはバッハの父(バッハ家は代々音楽家の血筋) と親交があったし、[4]はヴィヴァルディの「調和の霊感 第8番 2つのヴァイオリンと弦楽器及び通奏低音のための協奏曲 イ短調」をバッハがオルガン用に編曲したものだ。また、[6]のクレプスはバッハの弟子の一人で、このコラールはバッハの作品ではないかという説があるそうだ。
 なお、コラールとはプロテスタント教会で歌うドイツ語の賛美歌のことだ。

 「バッハの色彩」というタイトル通り、色彩感豊かな演奏だった。 それも、油絵ではなく、水彩画のような色彩感だった。
 十年後、きっと油絵のような色彩感も味わわせてくれるだろう。 充分な満足感と共にそんな期待も抱かせた。

 パイプオルガンと教会音楽について、宗教絵画と重ねて思うところがあるのですが、長くなるのでいずれ改めて書こうと思います( ちょっとアダルトな内容なので、ここではなく別のところに書こうかな) 。

 なお、本年度第1回のレクチャーコンサート「宮沢賢治生誕110年記念 〜賢治に捧ぐ〜 オルガンとチェロの調べ」は、11月11日(土)午後2時30分から(開場は午後2時)おこなわれます。オルガンと解説は渋澤久美さん、チェロはお馴染みの三浦祥子さんです。
 お問い合わせは016-621-5100盛岡市民文化ホールへ。

◆このごろの斎藤純

〇今年は岩手公園開園100周年です。これを記念して、「岩手公園100年まつり」が開催されます。
〇そのひとつとして、10月7日(土)午後1時30分から、盛岡劇場メインホールで「岩手公園と盛岡のまちづくり」と題して記念シンポジウムがひらかれます。ぼくが記念講演をつとめさせていただきます。入場無料ですので、ぜひ足をお運びください。

ケルンコンサート/キース・ジャレットを聴きながら