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◆第144回 祈りのバッハを聴く(5.march.2007)

寺神戸亮/J.S.バッハ
ヴァイオリン&ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
2007年2月10日 午後7時開演
もりおか啄木・賢治青春館

 バッハの作品は、大きくふたつに分けることができる。ひとつは教会で演奏するためのコラールや教会カンタータの膨大な作品群や、『マタイ受難曲』などの宗教音楽だ。
 もうひとつは宗教音楽以外の作品群だ。『平均律クラヴィーア曲集』や『ブランデンブルク協奏曲』、チェロやヴァイオリンのためのそれぞれの無伴奏器楽作品、それに晩年の『フーガの技法』や『ゴルトベルク変奏曲』、『音楽の捧げ物』などがある。これらは世俗音楽とも呼ばれる。

 前回はバッハの宗教音楽の代表作『ヨハネ受難曲』を聴いた。今回は世俗音楽の代表作であるふたつの器楽曲を聴く。しかも、バッハが活動していた当時の楽器による演奏だ。かつて使われていた楽器のことを古楽器、あるいはピリオド楽器という。それに対して、現在使われている楽器はモダン楽器という。ヴァイオリンなどは、だいたい19世紀にこんにちの形になった。

 古楽器を使えば当時の演奏になるかというと全然そうではない。楽器の変遷に伴って、当然、演奏法も変化している。だから、古楽器奏者は文献、楽譜、絵画(しばしば演奏場面が描かれている)などを駆使して、当時の演奏の再現を試みる。
 寺神戸亮氏はその第一人者だ(プロフィールは下をご覧ください)。

 この日、寺神戸さんはぼくが初めて見る楽器を使った。その名は、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ。これはヴィオラ(ヴァイオリンよりひとまわり大きい)よりもさらに大きいから、顎の下にはさんで演奏することは不可能なので、紐で首からつり下げて演奏する。音域はチェロと同じなので、小型チェロといっていい。

 バッハがヴィオラ・ポンポーザという楽器を発明したと伝えられているが、その実態は長らく謎だった。どうやら、これがヴィオロンチェロ・ダ・スパッラと同じ楽器に間違いないと最近の研究でわかってきた(当時はひとつの楽器がいろいろな名前で呼ばれることが珍しくなかった〉。

 寺神戸さんはこの小さなチェロ---ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで「無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007」を弾いた。チェロのような腹に響きわたる低音ではないが、目をつぶって聴けば、チェロだと思うだろう。

 また、バロック・ヴァイオリンで「無伴奏バイオリンのためのソナタ第1番ト短調BWV1001」と「同パルティータ第2番ニ短調BWV1004」などを演奏した。

 これらの曲は世俗音楽だが、敬虔なバッハのこと、やはりどこか宗教的なものが感じられる。それはキリスト教に限定せず、自然の恵みへの感謝や、人間愛といったものだ。また、死者への追悼も読みとれる。

 ここで、「読みとれる」と書いたが、ロストロポーヴィチがしばしば「(クラシック作品は)作曲家が残した手紙」だとおっしゃっている。しかも、それは世界共通の言葉で書かれた手紙だ。その手紙を演奏という形で「読んで聴かせるのが音楽家のつとめである」と。このロストロポーヴィチの説にぼくも全面的に賛成だ。

 バッハの作品は、バッハが残した手紙だ。楽譜に散りばめられたバッハの言葉を、寺神戸さんの演奏を通して、ぼくたちは聴く。寺神戸さんが奏でるバッハは、まさにぼくたちに語りかけるような演奏だった。

 終演後、寺神戸さんとお話をする機会を得た。会場となったもりおか啄木・賢治青春館の展示ホールは、音楽専門ホールではないが、「ヨーロッパの古い教会の響きによく似ていて、とても好きです」とおっしゃっていた。そして、「ここで毎年演奏できたら嬉しいな」とも。
 それが実現すれば、ぼくも嬉しい。

〈寺神戸亮プロフィール〉
 1961年ボリヴィア生まれ。桐朋学園付属子供のための音楽教室、桐朋学園大学付属音楽高校を経て桐朋学園大学に学び、ヴァイオリンを久保田良作氏、室内楽を三善晃氏、安田謙一郎氏等に師事。在学中83年に日本音楽コンクール第3位入賞、84年同大学を首席で卒業すると同時に、<東京フィルハーモニー交響楽団>にコンサートマスターとして入団(当時、最年少)。しかし、在学中より興味を抱いており、有田正広氏等と演奏活動も始めていたオリジナル楽器によるバロック演奏に専心するために86年に同団を休団(後に退団)、オランダのデン・ハーグ王立音楽院に留学、シギスヴァルト・クイケンのもと研鑽を積んだ。同院在学中から演奏活動を始めると、直ちにその才能は広く認められるところとなり、<レザール・フロリサン>(フランス)、<シャペル・ロワイヤル>(フランス)、<コレギウム・ヴォカーレ・ゲント>(ベルギー)、<ラ・プティット・バンド>(ベルギー)などヨーロッパを代表する古楽器アンサンブルやオーケストラのコンサートマスターを務めた。

 その資質は日本でも披露され、91年<レザール・フロリサン>公演、92、94、97、05年の<クイケン・アンサンブル>公演での共演、自ら主宰する<トウキョウ・バロック>公演、93年10月初来日を果たしたシギスヴァルト・クイケン率いる<ラ・プティット・バンド>、鈴木雅明率いる<バッハ・コレギウム・ジャパン>のコンサートマスターとしての充実した仕事など、アンサンブル奏者、リーダーとして優れた資質を発揮している。また、99年から弦楽四重奏団<ミト・デラルコ>(水戸芸術館所属)を結成し、古典派、初期ロマン派の弦楽四重奏や室内楽に力を入れるとともに、独奏やアンサンブルで初期バロックから後期ロマン派、印象派に至るまで、幅の広い活動を行っている。

 ソリストとしては<ラ・プティット・バンド><レザール・フロリサン><バッハ・コレギウム・ジャパン><東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ(有田正広主宰)><アルテ・デイ・ソナトーリ>(ポーランド)などと協奏曲を共演。また、94年2月と96年5月の『バロック・ヴァイオリン・リサイタル』は各紙で絶賛され、定期的に行っているリサイタルも好評を博している。最近ではガット弦を用いたヴァイオリン(ヴィオラ)と、歴史的ピアノとの共演でブラームスのヴィオラ・ソナタや、イザイ、フォーレ、フランク、ショーソンなど後期ロマン派、フランキストのコンサートを行ったことは記憶に新しい。

 『第1回北とぴあ国際音楽祭 '95』において、パーセルの《ダイドーとエネアス》で指揮者デビュー。以後、同フェスティバルではラモーやモーツァルトなど、フランス・バロックとモーツァルトの作品を中心に公演し、日本で最もバロック・オペラに精通した貴重な存在として注目を集めている。海外での指揮活動も始め、益々その活動の幅を拡げている。

 録音も活発で、デンオン・アリアーレ・シリーズからルクレール《ヴァイオリン・ソナタ集》で初ソロCDをリリースして以来、ヘンデル、ビーバーなどの録音を次々にリリース。特にコレッリ《ヴァイオリン・ソナタ集》(95年)、モーツァルト《ヴァイオリン協奏曲第3番、他》(96年)はレコード・アカデミー賞を受賞、バッハ《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》は芸術祭優秀作品賞(00年)を受賞するなど、いずれも好評を博している。最近では8年がかりで完成されたベートーヴェン・ヴァイオリンソナタ全集をリリースし、話題を集めた。また、コジマ録音からは10年来の北とぴあ国際音楽祭とその記念事業の業績を踏まえ、ライブ録音でのCDを発表している。海外では、フランス・ハルモニア・ムンディ、リチェルカーレ、などに録音があるが、最近ではベルギーのアクサン・レーベルに<イル・ガルデリーノ>とともに室内楽、協奏曲集などを録音している。

 現在、デン・ハーグ王立音楽院にて後進の指導にあたっている。また、ブリュッセル王立音楽院、東京芸術大学、福岡古楽音楽祭等に招かれ、マスタークラスやオーケストラ指導なども行っている。’07度より桐朋学園大学の特任教授に就任する。ベルギー、ブリュッセル在住。

◆このごろの斎藤純

○今年も花粉症の季節になった。体質が変わったのか、以前より症状が軽くなったような気がするが、油断はできない。
○3月10日、11日の二日間にわたって、盛岡市のプラザおでってで「減クルマでまちづくり 市民大会」を開催する。11日午後は、自転車ツーキニストの流行語を生んだ疋田智さんらを招いてシンポジウムを行ないますので、ぜひご参加ください(入場無料、問い合わせは邑計画事務所019-653-1058 寺井さん、石川さん)

バッハ:無伴奏チェロ組曲を聴きながら