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◆第149回 館長講座を聴く(14.may.2007)

岩手県立美術館 5月6日午後2時〜3時半

 県立美術館では佐々木英也館長の専門分野である西洋美術の講座(聴講無料、予約不要)を開催している。今年も昨年にひきつづいて年6回の講座が行なわれる。テーマは「ヨーロッパ バロックの絵画」だ。
 第1回「カラヴァッジョ(イタリア)」を聴講してきた。

 この講座、昨年度もぼくは何度か聴講している。まったく堅苦しくなくて、とてもわかりやすい。芸大の学生に講義をするときは難しい言葉を使うのだろうけれど、この館長講座ではそんなことはない。くだけたエピソードも多々飛び出してきて、楽しんでいるうちに西洋美術の深遠に触れることができる。

 さて、カラヴァッジョである。
 2001年、秋。東京都庭園美術館で大規模なカラヴァッジオ展がひらかれ、カラヴァッジョとその影響下にある画家たちの作品が一堂に介した。
 この展覧会をきっかけに、ぼくはバロック絵画に目覚めた。

 それまでバロック絵画を目にする機会がなかったわけではない。が、パリやニューヨークの美術館に行っても、印象派以降の美術を観るだけで、18世紀以前の美術(オールドマスターと呼ばれている)までは手がまわらなかった。

 カラヴァッジョは同時代の画家と比較して突出した技術と個性を持っている、と2001年の展覧会のときに感じた。それと同時に「バロック絵画なんて退屈なだけ」と思いこんでいた自分の浅はかさを思い知らされた。カラヴァッジョは退屈どころか、現代の我々の目で見ても充分に挑発的だ。
 あのとき受けた印象に大きな間違いのなかったことが、今回の館長講座で裏付けられた。

 カラヴァッジョは実に破天荒な生涯を送った。
 破天荒も破天荒、とにかく喧嘩ばかりしていた。たぶん、強かったのだろう。それで逆に恨みを買って、別の土地に逃げる。逃げた先でも喧嘩をし、また逃げる。逃げた先で今度は殺人を犯してしまう。つまり、カラヴァッジョは世にも珍しい殺人画家なのである。
 喧嘩に明け暮れつつ、行く先々で描いた絵は、当時はあまり高い評価を得られなかったが、こんにちではバロック最大の画家という地位を与えられている。
 このあたりの流れを、佐々木館長の講座では後世の作品のスライドを交えて解説してくれるので、一編のドキュメンタリーを見ているように頭に入ってくる。

 ところで、音楽の世界に目を転じると、カラヴァッジョ(1573-1610)とほぼ同時代のイタリアの作曲家カルロ・ジェズアルド(1560頃-1613)が殺人者の作曲家として知られている。ジェズアルドは妻と密通している相手を、従者に命じて殺害したのだ。
 カラヴァッジョと違い、名門貴族の出だったジェズアルドは実家に匿ってもらって、お咎めも受けずにすんでいる。
 カラヴァッジョの作風がそうだったように、不協和音を用いたジェズアルドの作風も時代を超越していた。先駆的な芸術家は気が荒いのだろうか。

 佐々木英也館長による館長講座のスケジュールを記しておく。第3回はぜひとも聴きたい。いや、できれば全部聴きたい。なにしろ、この道の大家のお話を盛岡にいながらにしてうかがえるのだから、こんな機会を逃す手はない。
 しかし、あいにくぼくが講師をつとめる野村胡堂・あらえびす記念館文章講座と重なっている回がある。
 もうひとつ残念なのは、佐々木英也館長以下、西洋美術の優秀な専門家がそっているにもかかわらず、岩手県立美術館は西洋美術のコレクションをする予定がないことだ。もちろん、それだけの予算がないせいだが。


 〈第2回〉7月1日「ラ・トゥールとフェルメール(フランス、オランダ)」
 〈第3回〉9月16日「プッサンとクロード・ロラン(フランス)」
 〈第4回〉11月18日「レンブラント(オランダ)」
 〈第5回〉2008年1月20日「ルーベンス(ベルギー)」
 〈第6回〉3月16日「ベラスケス(スペイン)」

 佐々木 英也(ささき・ひでや)氏のプロフィール
 1932年岩手県江刺市(現 奥州市)生まれ。
 1956年東京芸術大学美術学部専攻科卒。
 1961年より国立西洋美術館研究員。
 1976年より東京芸大美術学部助教授、1985年より同教授。
 2000年同名誉教授。
 2001年岩手県立美術館館長就任。
 昭和46年、平成3年に日本翻訳出版文化賞、平成2、4年にマルコ・ポーロ賞受賞。
 主な著書に「ジョットの芸術」(平成1)、「聖痕印刻」(平成7)など。

◆このごろの斎藤純

○本文でも触れたように今月から野村胡堂・あらえびす記念館文章講座初級篇がはじまった。久慈、遠野など遠くからいらっしゃる受講生も少なくない。昨年度の講座で初めて文章を書いたという方が、高い競争率で知られる岩手日報の「ばん茶・せん茶」に投稿し、一回で採用された。講師として、こんなに嬉しいことはない。

『エリザベス朝の歌曲とコンソート音楽』を聴きながら