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◆第153回 四つの楽器の対話(9.july.2007)

『池辺晋一郎が贈る室内楽の喜び
N響メンバーによるクァルテット・リゾナンツァを迎えて』
2007年6月16日 盛岡市民文化ホール小ホール

 作曲家(というよりもN響アワーでお馴染みの……と言ったほうがいいかもしれない)の池辺晋一郎氏のトークと、NHK交響楽団のメンバーによるクァルテット・リゾナンツァ(白井篤、中村弓子=ヴァイオリン/小野悟=ヴィオラ/山内俊輔=チェロ)のコンサート。

 首都圏に住んでいたころはしょっちゅう弦楽四重奏のコンサートに出かけていたが、岩手では弦楽四重奏団のホールコンサートがとても少ない。盛岡市民文化ホールでもずいぶん久しぶりなのではないだろうか。一般に弦楽四重奏は「難しい」と思われているようだ。だから、あまりお客が入らない。
 ぼくはシェーンベルクとバルトーク、そしてショスタコーヴィチの弦楽四重奏からクラシックに入った。ま、こういうケースも珍しいと思うが、何も知らずに飛び込んだおかげで弦楽四重奏は難しいという先入観もなく、最初から楽しめたのだと思う。今回、トーク付きという形になったのは、弦楽四重奏のコンサートでは人が入らないから、池辺晋一郎氏のネームバリューに頼ったのだろう。


[演奏曲目]
1.J.ハイドン:弦楽四重奏曲第67番 Op.64-5 Hob.III-63「ひばり」
2.池辺晋一郎:ストラーダV〜弦楽四重奏のために
3.A.ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番 Op.96「アメリカ」

 弦楽四重奏という演奏形態をつくったのはハイドンだといわれている。ハイドン以前に弦楽四重奏はなかった。だから、たとえばバッハの『フーガの技法』を弦楽四重奏で演奏するのは歴史を無視した暴挙ということになる(でも、その暴挙にいい演奏があるのも事実だが)。

 ハイドンが68曲もの弦楽四重奏曲を残し、次いでモーツァルトがこのジャンルを大いに発展させ、ベートーヴェンへと引き継がれていく。1は弦楽四重奏草創期の代表作で、よく演奏される。
 ドヴォルザークの3は、ハイドンから百数十年を経て、弦楽四重奏がひとつの頂点に達したことを示す傑作。おそらく、シューベルトの「死と乙女」と並んで、世界で最も多く演奏されている作品だろう。
 2は日本の作曲家による弦楽四重奏曲のなかでは最も頻繁に演奏され、レコーディングされている作品だ。ぼくも確かロータス・カルテットのCDで聴いている。
 というわけで、古典派からロマン派、そして現代音楽に至る弦楽四重奏史の大きな流れが凝縮されたプログラムだ。

 池辺晋一郎氏による、それぞれの曲の解説もさることながら、ピアノで実際に音を出しながら「音は下に行きたがる。上に行かせないと音楽にならないので、上に行かせるためのエネルギーを貯め、助走をつけて上に行かせる」といったお話がとても興味深かった。
 クァルテット・リゾナンツァのハイドンは気心が知れた同士の親密さに溢れ、池辺作品では高度な演奏技術から生み出されるスピード感とスリルを存分に味わわせてくれた。この日の白眉だったと思う。 こういう機会でもなければ、盛岡で現代音楽を生で聴くことはないので、本当にいい選曲をしてくださったと思う。
 休憩をはさんだ後のドヴォルザークは「待ってました」と声をかけたくなるような演奏だった。おらそく、客席の多くの方がそう思ったことだろう。そして、弦楽四重奏を初めて聴いた方々もファンになったのではないだろうか。

 弦楽四重奏は決して難しい音楽ではない。むしろ、交響曲よりも親しみやすい。親しみやすいが、内容は深い。ベートーヴェンの最高傑作は(多くの人々に親しまれている交響曲ではなく)弦楽四重奏曲だと専門家が一人ならず断言している。
 弦楽四重奏と出会っていなければ、ぼくもクラシックの楽しみを知ることはなかっただろう。

 さて、交響曲は指揮者の指示に従って楽団がひとつの楽器と化す。弦楽四重奏は4人の親密な対話によって音楽をつくっていく。この場合の対話は、楽器同士の対話のことだ。
 池辺晋一郎氏はそんな弦楽四重奏のことを「始終相談(しじゅうそうだん)している」と表した。
 テレビでもお馴染みの駄洒落に客席は大いに湧きつつ、この音楽の本質を学んだ。

 またいつか、こういう形での弦楽四重奏の演奏会をひらいていただきたいと切に願っている。

◆このごろの斎藤純

○作家の立松和平さんと岩手山登山の予定だったが、雨振りだったのでぼくは見送るだけにした。立松さんは「前が見えないほどの悪天候」の登山経験もある強者だ。

ルベル:四大元素を聴きながら