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◆第210回 NHK交響楽団、鈴木弘一さんの取り組み(26.October.2009)

 盛岡出身でNHK交響楽団に所属するヴァイオリニストの鈴木弘一さんが、小畠茂隆さん(ヴィオラ/NHK交響楽団)、田中雅弘さん(チェロ/東京都交響楽団首席)による弦楽三重奏のコンサートを岩手町立久保小学校で行なった。

 久保小には全校生徒33名と保護者、近隣の方たちが集まった。子どもたちはヴァイオリンを見るのも初めてなら、もちろんクラシックの生演奏を聴くのも初めてとあって、目を大きく見開き、口をポカ〜ンとあけて聴き入っていた。リズムのいいところにくると子どもたちの体が揺れる。その自然な反応がいい。「迫力があった」とか「音がきれいだった」という嬉しい感想が聴かれた。実際、クラシックを生で聴くと迫力があるのだ。
 
 子どもたちと一緒に聴いていただいた大人の方たちからも大きな拍手をもらうことができた。 鈴木さんはふだんクラシックが好きな人を相手に演奏活動をしている。今回のように、これまでクラシックを聴いたことのない人に喜んでもらうのは、ふだんのコンサートとはまた別の感激があるという。

 コンサート終了後、私が持参したヴァイオリンを子どもたちに自由に弾かせてみた。みんな音が出ると大喜びしていた。私も意外だったが、子どもたちはすぐにボーイングのコツを飲み込み、きれいな音を出す。大人ではなかなかこうはいかない。

 初めてのヴァイオリン体験をみんなで楽しんでもらったが、私は一人の女の子の顔を忘れることができない。その子はまるで忘我の境地に入ったかのように夢中になって弾きつづけていた。開放弦を鳴らし続けているだけなのだが、自分の手でヴァイオリンの音を出していることに「喜び」を感じているのがよくわかった。「もういいでしょう」と返してもらうのがためらわれた。 できればその子にヴァイオリンをプレゼントしたかったが、あいにく借り物のヴァイオリンだ。後ろ髪を引かれる思いで久保小を後にした。 あの子もきっと今日のことをずっと忘れないだろう。


【プログラム】
モーツァルト: ヴァイオリンとヴイオラのためのデュオ ト長調1楽章
ヘンデル(ハルヴォーセン編曲):ヴァイオリンとチェロのためのパッサカリア
ベートーヴェン:弦楽三重奏ニ長調 作品8 セレナーデより
長谷川恭一編曲:ひょっこりひょうたん島
           七つの子

 鈴木弘一さんはここ数年、郷里の岩手で毎年のようにホールコンサートを開く一方、このような活動にも力を入れており、上記の翌日は友愛病院でもコンサートを開いている。 今回はクラシック音楽になかなか触れる機会のない地域の子どもたちに聴いてもらいたい、という鈴木さんの希望を受けて、私が久保小のコンサートをセッティングした。

 これくらいの年齢のうちに本物のクラシック音楽に接しておくと、後々、クラシック音楽に敷居の高さを感じなくてすむ。 これは美術館にも同じことがいえる。美術館の来館者の多くは、子どものころに来たことのある方だ。だから、義務教育の段階での美術館訪問が大切なのだ。しばしば「美術の時間が年々減っていて、学校で美術館に連れていくのは難しい」という声を聞く。美術館を「美術を見るところ」としていか捉えていない、実に貧しい発想だ。 美術館はさまざまな要素を兼ね備えている。見方によって、歴史、民俗学、心理学、社会学、倫理学、化学と科学などを学ぶことができる。また、地方の美術館は地元学の拠点でもある。学校の先生には、そういう意味で、意識改革をお願いしたい。

 話を戻す。
 私たちはテレビから流れてくる「音」を音楽と思いがちだが、それは違う。久保小の子どもたちには素直な感性で、「本物の音楽」を感じ取ってもらうことができた。 鈴木さんは今後もこういう活動を続けていくという。私も協力を惜しまないつもりだ。

◆このごろの斎藤純

○『街もりおか』の編集、石神の丘美術館、そして文士劇の稽古と連日大忙しで走り回っているせいか、気分はもう師走だ。

『そしてもう一度夢見るだろう』/松任谷由実を聴きながら