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◆第四回 微笑むモーツァルトと宮沢賢治 ( 10.august.2001)

           
●平成13年度キャラホール弦楽アンサンブル講習会
 成果発表コンサート(無料)
 2001年7月29日 主催(財)盛岡市文化振興事業団

 公開の場で、プロの音楽家がアマチュアや音大生を教えるレッスンをマスタークラスという(ベテランの演奏家が若い演奏家を公開で指導する場合もある)。僕はマスタークラスを見るのが好きで、これまでにヤーノシュ・シュタルケル(チェリスト)やタカーチ弦楽四重奏団などいくつかのマスタークラスを見学している(受講したことはない)。音楽を学ぶ人たちにとって有意義なのはもちろん、僕のような単なる音楽愛好家にとっても役に立つことが多い。
 技術的な指導もさることながら、課題曲に対する音楽観などを聞くのはとても面白い。そして、世界的に活躍している音楽家は口をそろえて「本を読みなさい」と言う。現在、我々が耳にするクラシック音楽のほとんどは19世紀のものだが(したがって、演奏する機会も当然19世紀の音楽が多い)、果たして音楽を学んでいる人たちのうち、どれだけの人が19世紀に書かれた小説や紀行文などを読んでいるだろうか。ブラームスも「優れた音楽家になるためには、ピアノを練習する時間と同じだけの時間を読書にあてなければならない」と言っている。しかし、いわゆる音楽大学では技術を教えることだけに専念し、もっと大切なことを忘れているのは僕が指摘するまでもない。たとえば、野山を歩くことだって音楽の勉強なのだが。
 7月27日、28日の両日、東京ゾリステンの長谷部雅子さん(コンサートマスター)と波多野せいさんをキャラホールに迎えて、弦楽講習会が行なわれた。両日とも〈一般の部〉は弦楽合奏団バディヌリと田園室内合奏団の二団体が、〈ジュニアの部〉は小学生と中学生の三人が受講した。僕は時間がとれず、講習会は見学できなかったが、29日に行なわれた成果発表コンサートに行ってきた。

 1、田園室内合奏団
  W.A.モーツァルト:セレナード第13番 ト長調 K.525   「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第1楽章
  ヴィヴァルディ:種々楽器のための協奏曲「調和の霊感」
          作品3の3より第1楽章

 2、ジュニア参加者ほか
  W.A.モーツァルト:セレナード第13番 ト長調 K.525   「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第1楽章

 3、弦楽合奏団バディヌリ
  ヴィヴァルディ:種々楽器のための協奏曲「調和の霊感」
          作品3の10

 4、全体合奏
  W.A.モーツァルト:セレナード第13番 ト長調 K.525   「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第1楽章

 以上のプログラムを僕は充分に楽しんだ。そりゃあ売り物にはならないかもしれないけれど、家庭菜園で採れたキュウリがスーパーで売られているものよりもしばしばおいしいことを我々は知っている。プログラム2の演奏には感激のあまり、涙が出てきた。この演奏には、モーツァルトも天国で微笑まれたに違いない(なお、弦楽合奏団バディヌリについては秋にコンサートがあるので、そのときに書きます)。また、プログラムをご覧いただければおわかりのように、同じ曲を異なる編成で聴くことができ、これがまた面白かった。
 W650で帰宅途中、僕は宮沢賢治を思いおこしていた。賢治はベートーヴェンを蓄音機で聴きながら「本物はいいなっす」と言っていたという。教職を退いた後の賢治は、羅須地人協会を拠点に説いた『農民芸術概論』が理解されないまま失意のうちに逝ってしまったが(それは時代のせいであって、誰の責任でもない)、今日の演奏に立ち会っていれば、「みんなのほうがよがんすな」と前歯を出して笑ってくれたことだろう。
 賢治とモーツァルトの音楽が僕のなかでひとつになった。そんな「音楽会」だった。