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●コンサートや展覧会の感想をここに記しています。
私は音楽も美術も専門的な教育を受けたことはありません。ただ好きで観たり聴いたりしているだけです。だから、評論の場ではないことをお断りしておきます。
地元の方の芸術に触れるとき、私は「北東北のモダニズム」ということを意識しています。この場もその探求のひとつと受け取っていただければ嬉しいです。トンチンカンなことが書いてあっても、大目に見 許してください。
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◆第385回 盛岡文士劇、東京へ行く その1(13.Feb.2017)


 今回で第22回を迎えた「盛岡文士劇」は、盛岡の師走の風物詩として定着しているイベントだ。チケットは発売日のうちに完売し、関係者でもなかなか手に入らないことからも人気ぶりがわかる。
 その盛岡文士劇が初めて東京公演を行い、既報のとおり成功裏に終えた。時代ものに出演した一人として、その報告をしたいと思う。
 東京公演について私は昨年の第21回文士劇の終了後に知らされた。実は(私の)還暦記念コンサートという大イベントを同時期に予定していたので、第22回盛岡文士劇の出演を辞退するつもりだった。ところが、座長の高橋克彦さんから「来年は東京公演もあるから、純が出ないわけにはいかない」と釘を刺されたのだ。
 そういうことなら、と(内心では渋々ながら)出演を承諾した。そのため還暦記念コンサートの規模と内容を見直す必要に迫られた(結果的にバンドのほかのメンバーの都合もあって、当初予定していた規模と内容のコンサートを見直さざるを得ない状況になったのだが)。
 私のことはともかく、盛岡文士劇がいくら盛岡の人気イベントであっても、東京でやるとなると話が別だろう。果たして東京でも観客のみなさんに喜んでもらえるだろうか。
 しかも、会場は紀ノ國屋ホールだ。演劇に縁遠い私であっても、そこが「演劇の聖地」であることは知っている。そんなところに我々が出ていいのだろうか。
 そんなふうに不安が募るばかりだった。
 ただ、紀ノ國屋ホールの座席数は400くらいと知っていたから、満員にできる自信はあった。盛岡文士劇は500の座席数を持つ盛岡劇場メインホールを3公演(20周年など特別な場合は4公演)、常に満席にしてきた実績があるからだ。
 ところが、3公演だと聞いて唖然とした。400は満席にできるだろうけれど、その3倍は無理だ。さらに追い打ちをかけるように、チケットは6500円もするという(盛岡では3000円)。正直、無謀だと思った。
 しかし、最大の不安要因はスタッフ、キャスト、実行委員が一堂に会する「顔合わせ」の会場で明らかになった。なんと座長の高橋克彦さんが出演を見合わせるというのだ。
 第22回盛岡文士劇の時代ものの演目『みちのく平泉 義経と秀衡』は、第15回盛岡文士劇『源義経』の改訂版である。私は第15回でも武蔵坊弁慶を演じたので二度目の挑戦だった。
 道又力さんの脚本は、後に世界文化遺産登録の際に注目を浴びることになる「平泉の精神」を短い芝居に凝縮していて完成度が高い。随所に泣かせどころがあるが、源義経が平泉で討たれず、生き延びて蝦夷地に渡るという結末は特に泣かせる場面だった。このとき高橋克彦さんは藤原秀衡を重厚に演じてみごとだった。
 この芝居に限らず、高橋克彦さんは盛岡文士劇になくてはならない存在である。その克彦さんが出演されない文士劇など文士劇ではない。そんなわけで、おそらく私だけではなく、出演者の誰もが少なからず不安を抱えた状態で稽古が始まった。
 演出は長掛憲司さん(わらび座)に初めて担当していただいた。長掛さんにはこれまでも殺陣指導でお世話になっているから気心が知れている。
 ふつうは会議室のようなところで何度か台本を読み合わせてから立ち稽古に入るのだが、長掛さんは早々と我々を舞台に立たせるというスパルタ演出(?)でまず驚かせた。今思うと、ここでグッと緊張感が高まった。

(続く)

〈このごろの斎藤純〉
〇1月に入ってから、ようやくスキー場のコンディションがよくなってきた。盛岡はスキーなどウィンタースポーツの環境に恵まれている。なにしろスキー場へのアクセスがいい。スキー人口は減っているそうだが、この好条件を活用しないのは実にもったいないとスキーを再開してから気付かされた。
〇インフルエンザや風邪に倒れる人が続出しているが、おかげさまで今のところ私は無事に過ごしている。インフルエンザの予防接種、帰宅時のお茶うがいと手洗いが功を奏しているようだ。みなさんもどうぞご油断なく。
G.S.meets The KanLeKeeZを聴きながら


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