パウル・クレーは日本で最も人気の高い画家の一人だ。
最初に告白しておくと、僕はクレーが描く「絵本のようなメルヘンタッチ」の画風が、さほど好きではなかった。一言でいって「少女趣味」だと思っていた。しかも、比較的よく観る機会に恵まれていて、何となく「見飽きた」という印象もある。
クレーはヴァイオリニストでもあった。また、奥さんはピアニストで、クレーがまだ絵で生活できない頃は演奏活動の収入で家計を支えていた。クレーの絵に音楽的な要素(それがしばしば「メルヘン風」となってあらわれる)が多分に含まれているのはそのせいだ。
でも、今回は「旅のシンフォニー」というテーマだ。クレーなら、普通、音楽を切り口にするところだが。クレーと旅−−それはいったいどういう関係にあったのか。好奇心をかきたてられるテーマだ。僕が知っているクレー(というよりも、僕が勝手に思いこんでいたクレーの印象)とは別の面を見せてくれるような予感を抱いて、展覧会に出かけた。
予感は当たった。やはり、僕はクレーのことを何にも知らなかったのだ。クレーは(音楽好きでもあったから)どちらかというとインドア派で、アトリエから外に出ないで創作活動をしていたという思い込みがあった。実際は若い頃からイタリア各地やアフリカなどを旅行している。そして、その旅の経験が作品に反映されているのをこの展覧会は教えてくれた。
だからといって、クレーの絵が好きになったというわけではない。相変わらず、僕にはあまり必要のない絵だと思う。ただ、これからはクレーの作品を観る目が変わった。今までは美術館で目にしても、さっと通りすぎてきたが、今度は立ち止まってじっくり観ることになるだろう。
そういう意味も含めて、展覧会に足を運ぶと新しい発見があるから楽しい。今回の展覧会にはクレー独特のカラフルで、メルヘン的な作品は少なかった(だから、クレーのファンはちょっぴり拍子抜けだったかもしれない)。そのかわり、デッサンやスケッチがたくさんあって、見応えがあった(僕は画家のスケッチやデッサンを観ることが好きだ)。
岩手県立美術館では企画展に合わせてさまざまなイヴェントを行なっている。西田秀穂東北大学名誉教授による講演(4月20日)が講師の体調不良により急遽中止になったのは残念だったが、ミュージアムコンサート《忘れっぽい天使をめぐって》はよかった(
5月4日土曜日午後2時から)。
作曲家の吉松隆氏の「音楽を始めた十代の頃にクレーの作品と出会った。私はクレーと宮沢賢治に大きな影響を受けたので、宮沢賢治のふるさとで開かれたクレーの展覧会で、私の曲が披露されるのはとても嬉しいし、光栄です」というお話も面白かったし、クロマティックハーモニカの第一人者である崎元讓氏の演奏も聴き応えがあった。
こういう広がりをもった美術館活動が、美術を「暇な人の娯楽」や「金持ちの道楽」や「お洒落な教養」(以上は誤った先入観だが)から、地に深く根を下ろした大樹にし、その枝に「心の糧」となる実をつけていくのだと思う。
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