トップ > 目と耳のライディング > バックナンバーインデックス > 2002 > 第29回


◆第29回 音楽三昧(29.july.2002)

 今回はいくつかの演奏会について、まとめて書き残しておこうと思う。
 まず、ジョン・コルトレーン・メモリアルバンドによる『ジョン・コルトレーン没後35周年メモリアル・コンサート』(7月15日プラザおでってホール)だ。メンバーは黒江俊(サックス)、鈴木牧子(ピアノ)、下田耕平(ベース)、戸塚孝徳(ドラムス)。このバンドはなんと18年もつづいている(プロを見まわしてもこんなに長いバンドはないのでは)。
演奏曲目は第1部が「Tunji」、「Softly as in a morning sunrise」、「Soul eyes」、黒江俊さんのオリジナル曲「Tribute to train」、休息をはさんで第2部は「Green sleeves」、メドレーで「They say it's wonderful」〜「Nancy」〜「it's easy to remenber」、「Miles mode」、そしてアンコールに「Wise one」。
 このバンドの魅力については第5回にも書いたが、やはり今回もみずみずしい演奏を聴かせてくれた。我々の一人一人に語りかけるような黒江さんのサックスを、長年連れ添ったメンバーがしっかりとサポートし、緊張感のなかに暖かい優しさを感じさせるという相反するような空間をつくりあげていく。その音楽性に加えて、演奏時間の長さなど、ジャズをあまり聴かない人でも楽しめる内容だったと思う。200名ものお客さんが集まるのも頷ける。

 推理作家協会の理事会と日本ペンクラブ環境委員会の会議のために東京に行ったついでに、7月18日、目黒ブルース・アレイでライヴを聴いてきた。バカボン鈴木(ベース)、鶴谷智生(ドラムス)、白井良明(ギター、というか自作とおぼしきエレクトリック楽器)、井上鑑(キーボード)、是方博邦(ギター)、ヤヒロ・トモヒロ(パーカッション)、そして坂田明(サックス)というメンバーによるセッションだ。
 ちなみに、是方博邦は桑名正博&ティアドロップス(「セクシュアル・バイオレットNo.1」というヒット曲がある)やラテン・フュージョン・バンドの松岡直也グループなどで演奏してきた。井上鑑は80年代に一世を風靡した寺尾聡の一連のヒット曲のアレンジャーとしても知られている。父は名チェリストだった故井上頼豊。
 こういう凄いメンバーによる演奏は、やはり地方都市ではなかなか実現しない。そういう意味では東京ならではのサウンドと言っていいだろう。コード進行だけ決めて、あとはその場のなりゆきで音楽をつくっていくセッションから出てきた音(音楽)は、無国籍で、フュージョン、ロック、フリージャズなどが合体したものだった。一曲あたりの演奏時間は30分以上にも及ぶ。しかし、決してたるまない。セッションだから作曲をする必要もなく、練習もさほど必要ないわけで「これで受けるなら、我々としては楽チンです」とはリーダーのバカボン鈴木の言葉だが、一人一人の技量が並外れているから、これだけの音楽を聴かせることができるのは言うまでもない。
 坂田明さんは5月に岩手県内数カ所を含む東北ツアーにいらっしゃる予定だったのだが、体調を崩されて中止になった。その後、知人の出版パーティでお会いし、順調に回復されていることは知っていた。ただ、演奏となると話は別だ。この日、坂田明さんの全開絶好調サックスを聴いて、完全復活を確信した。

 7月23日、一関市文化センター中ホールで天満敦子ヴァイオリン・コンサートを聴いた。演奏曲目は下記のとおり。

第1部
 ヴィタリ(一般的にはヴィターリ):シャコンヌ
 ブラームス:スケルツォ
 ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番ニ長調
 ビショップ:ホーム・スウィート・ホーム
 フォーレ:夢のあとに
 ラフマニノフ:ヴォカリーズ
第2部
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調Op.24「春(一般的にはスプリング・ソナタとも)」
 サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
 ポルムベスク:望郷のバラード
アンコール
 小林亜星:旅人の詩
 ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
 *伴奏(というよりも共演と言ったほうが適切かと思う)は吉武雅子。

 一関文化センター中ホールは天井の構造に問題があり、音楽には向いていないと聞いていたが、改装して響きをよくした。そのお披露目の意味もある演奏会だった。
 ご覧のとおり、ひじょうにわかりやすい曲が並んでいる。一般受けするプログラムであり、なおかつ聴き応え充分のプログラムである。ヴィターリの「シャコンヌ」から始まったのには意表をつかれた。演奏会の最初に持ってくるにはいささか重いのでは、と違和感を覚えた。もっとも、重量級の作品をズラッと並べたリサイタルもやってしまう方だから、こんなのは何でもないのだろう。首都圏ではチケットは即日完売、追加公演が二、三回行なわれるものの、それでもチケット入手は困難だ。今回、ようやく聴くことができたが、やはりほぼ満員だった(これは珍しいことである)。
 彼女の演奏は噂どおりだった。まず音が大きい。そして、演奏のスケールが大きい。「まるで演歌だ」という評判も耳にしていたが、あまりそういう印象は受けなかった。
 天満敦子といえば、ポルムベスクの「望郷のバラード」とセットで語られることが多い。世界ではほとんど無名に近いこの作曲家は、ルーマニアの人々にはとても愛されている。そのポルムベスクの名と音楽を日本に、そして世界に広めている天満敦子もまたルーマニアの人々にとても愛されている。演奏家と曲の幸福な出会いと言っていいだろう。この夜の演奏会で我々はその幸福を分けてもらった。
 なお、バッハの無伴奏ヴァイオリン曲から「シャコンヌ」も演奏予定に入っていたので期待していたが、これは演奏されなかった。演奏曲目の変更はよくあることだが、その場合、慣例として何らかのお知らせを会場内に貼りだすものだ。アンコール曲についても通常、終演後に曲目が貼りだされるのだが、一関文化ホールではどちらもなかった。アンコール曲については、もしかすると曲名が間違っているかもしれない。

◆このごろの斎藤純

〇今年は異常に暑い。いや、去年が過ごしやすかったのでそう感じるのかもしれない。おかげでちょっと夏バテ気味だ。
〇そんな中、『小説新潮』ではじめる仕事の取材で浄法寺に行き、漆カキを体験してきた。浄法寺が漆の未来を担っているのだ、ということを教育委員会の中村裕文化係長のお話から実感した。

天満敦子/間宮芳生ヴァイオリン作品集を聴きながら