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◆第34回 秋の音楽三昧 その1( 7.october.2002)

 いい演奏会がつづいたので、2回に分けて感想を記します。
 9月19日、「ディオティマ弦楽四重奏団&鈴木理恵(ピアノ)」(岩手県民会館中ホール)に行った。まず、曲目をご覧いただきたい。
【第1部】
 ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のための3つの小品
 モーツァルト:弦楽四重奏曲 ト短調「ロディ」K.80
 ウェーベルン:弦楽四重奏のための6つのバガデル
 クセナキス:ST4-1、080262
【第2部】
 フランク:ピアノ五重奏曲 へ短調
【アンコール】
 ストラヴィンスキー:弦楽四重奏曲

 第1部の作曲家や曲目に馴染みのある人は、そうとうな音楽通だろう(もちろん、モーツァルトは除く)。ストラヴィンスキーはバレエ曲や管弦楽曲で有名だが、室内楽曲が取り上げられる機会はそう多くない。しかも、この曲は現代音楽を先取りしたような作品だ。
 ウェーベルンは12音技法の創始者シェーンベルク(いわゆる現代音楽の走りというか、わけのわからない難解な音楽の創始者と思っても大きな間違いにはならない)の弟子で、「6つのバガデル(バガデレともいう)」は、無調(ハ長調とかト短調といった調性に束縛されない)で書かれている。バガデルは「つまらないもの」とか「ちっぽけなもの」という意味だそうで(ベートーヴェンも曲名に用いている)、小品のタイトルに付けられる。この曲はウェーベルン自身の指定では3分半ほどの演奏時間だ。極端に短い6つの断片からなっているわけで、その響きと余韻を味わう音楽だった。 クセナキスは建築家でもあった人で(ル・コルビジェのもとにいた)、そもそもは数学を学んでいたという。いわゆる前衛音楽(実験音楽)の最先端を行く人だったが、最先端というのは(改めて言うまでもなく)古びるのも早い。この日演奏された『ST4-1、080262』は、推計学を導入してコンピュータに作曲させたという作品だが、僕には過去の遺物に聴こえた。
 ただ、こういう作品は「こんな音楽もあるのか」というショックを与えてくれる。このショックは、音楽好きにとってはある意味で「テロ」と同じくらい強烈なものだ。もちろん、こちらのショックは「テロ」と違って、不幸を伴わない。
 クセナキスなどの作品が今後も演奏され、50年後、100年後のクラシックになるのかどうか。それはディオティマ・クアルテットら演奏家と我々聴衆によって決められていく。
 以上の選曲は冒険だったと思うが、会場には「盛岡ではめったに聴けない曲ばかりなので期待してきました」という方も少なくなかった。音楽の冒険を味わうことができる幸福を、その方たちと共に僕は噛みしめた。
 第2部では盛岡出身(ウィーン在住)の鈴木理恵さんを迎え、フランクのピアノ五重奏曲が演奏された。ディオティマ弦楽四重奏団は現代音楽専門のクアルテットと思っていたが、「ハイドンから明日書かれる作品まで幅広いレパートリーを持つ」とパンフレットに紹介されていた。鈴木理恵さんもバロックから現代の作曲家による新作まで演奏なさっている。バロックと現代音楽をよく聴いている僕としてはこういう音楽家の活動が心強いし、この日の演奏曲も嬉しかった。

 翌20日の「めざましクラシックスin盛岡」(都南文化会館キャラホール)は昨日とはがらりと変わって(僕にとっては、あまり違いはないのだが)、とてもカジュアルな演奏会だった。
 出演者は高嶋ちさ子(ヴァイオリン)、フジテレビの軽部真一アナウンサー、シンガーソングライターの沢田知可子、元劇団四季の吉岡小鼓音(ソプラノ)。演奏曲目は以下の通り。

【第1部】
1 J.S.バッハ:G線上のアリア
2 A.モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク
3 J.パッヘルベル:カノン
4 P.チャイコフスキー:チャイコフスキー・メドレー
5 J.マスネー:タイスの瞑想曲
6 P.サラサーテ:カルメンファンタジー

【第2部】
1 ルロイ・アンダーソン:メドレー(プリンク・プレンク・プランク、サンドペーパーバレエ、舞踏会の美女、ワルツィング・キャット、シンコペイテッド・クロック、ブルータンゴ、そりすべり)
2 映画音楽メドレー「風と共にタイタニック」(風と共に去りぬ、エデンの東、ひまわり、ゴッドファーザー、サウンドオブミュージック、スティング、ロッキー、E.T、戦場のメリークリスマス、ニューシネマパラダイス、タイタニック)
3 ファントムスペシャル(吉岡小鼓音&軽部真一)
 L.ウェッバー:第二幕間奏曲〜THE PHANTOM OF THE OPERA
4 F.ロウ:『マイフェアレディー』より「踊り明かそう」(吉岡小鼓音)
5 M.ハムリッシュ:『コーラスライン』より「愛した日々に悔いはない」(吉岡小鼓音)
6 「会いたい」(沢田知可子)
7 「少年時代」(沢田知可子)
8 V.モンティ:チャールダーシュ

 馴染みのある曲ばかりだ。アレンジが秀逸で、チャイコフスキー・メドレーではピアノ協奏曲や交響曲などのオーケストラ曲を弦楽五重奏の編成で楽しませてもらった。クラシックとそれ以外の曲を並べるというだけでなく、音楽への愛が言葉のはしばしに滲みでている軽部アナウンサーと高嶋ちさ子さん(この人は頭の回転がとても速い)のトーク、そして何よりも演奏そのもののレベルの高さがこの日の演奏会の最大のポイントだった。いくらお喋りが面白くても、肝心の演奏が粗末では、あれだけテンションの高いステージは実現しない。
 それにしても、軽部アナウンサーが元劇団四季の吉岡小鼓音さんと『ファントム』の一場面を歌ったときは驚いた。本人は謙遜されていたが、素人芸の範疇を超える美声だった。
 また、岩手めんこいテレビの熊谷麻衣子アナウンサーも、プッチーニの『ジャンニ・スキッキ』から「わたしのお父さん」を歌った。あんなに輝かしい表情をしている熊谷アナウンサーを僕は初めて見た。熊谷さんは音大出身だが、声楽科ではない。いつの間にか密かにお稽古をしていたんですね。
 アンコールに「星に願いを」を全員で演奏し、『めざましクラシックスin盛岡』は終わった。音楽を「楽しむ」ということにかけて、この演奏会は出色の出来だった。いや、音楽を「楽しむ」ことをちゃんと学ばせてもらった。

◆このごろの斎藤純

〇今年も「みちのく国際ミステリー映画祭」が18日(金)から三日間にわたって開催される。今年はこれまでで最も多いゲストをお迎えする。ファンとの交流の場も多いので、ぜひ楽しんでいただきたい。
詳細は「みちのく国際ミステリー映画祭」の公式サイトでどうぞ。
http://www.lantecweb.com/mystery/index.html
〇この映画祭は作家がたくさん参加することでも有名だ。今回、僕は19日(土)午後1時から、プラザおでってホールで北上秋彦さん、平谷美樹さんとミステリーオンライントークを行なう。司会は岩手放送の菊池幸見さんだ。翌20日も午前11時から、大通りリリオ・イベントホールで北方謙三さんとミステリーオンライントークを行なう(いずれも入場無料)。
〇ところで、今回僕が密かに楽しみにしているのは、ミステリー劇の『デストラップ・死の罠』だ。これはマイケル・ケイン主演の映画で観ているが、もともとは舞台劇。これを地元のキャスト、スタッフで公演するのだ(去年は同様の趣向で『暗くなるまで待って』を上演し、好評を博している)。去年は一回公演だったが、今年は二回に増えた。17日(木)、18日(金)プラザおでってホールで午後7時からだ(前売り2000円)。

レナード・バーンスタイン:ウェストサイド物語を聴きながら