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◆第61回  文化を支え、育む気概( 29.december.2003)

 2003年最後の「目と耳のライディング」となります。いやあ、言いたくないけど、一年が経つのが早いですね(苦笑)。溜息をついたまま、体も思考もフリーズしてしまいますが、何とか気を取り直して三つの音楽会について記します。
〇11月19日(水)岩手県民会館大ホール
ミッシャ・マイスキー(チェロ)withテリエ・ミケルセン指揮 ラトヴィア国立管弦楽団
〇11月26日(水)盛岡市民文化ホール 大ホール
カトリーン・ショルツ&ベルリン室内管弦楽団
〇12月12日(金)盛岡市民文化ホール 小ホール
チェコ・フィル合奏団「クリスマスコンサート」
(プログラムは一番下にまとめました)

 まず、カトリーン・ショルツ(お腹が大きいのでびっくり。04年1月にご出産予定とのことでした)率いるベルリン室内管弦楽団とチェコ・フィル合奏団から。
 チェコ・フィル合奏団の「クリスマスコンサート」と銘打ったプログラムに対して、ベルリン室内管弦楽団はモーツァルトを中心に組んだプログラムなので、どちらかというとベルリン室内管弦楽団に期待をしていた(一般的には、ベルリン放送交響楽団のメンバーからなるベルリン室内管弦楽団の腕前のほうが上という評価でもあるし)。
 ところが実際は−−。
 ベルリン室内管弦楽団は第2部にいわゆるアンコールピースを集めたプログラムを組んだ。そのせいか、クラシックというよりもイージーリスニングの演奏会になってしまった。僕よりずっとクラシックに造形が深い友人のG君は若干の揶揄を込めて「美音のシャワー」と表現した。もちろん、それは悪いことではない。盛岡市文化振興事業団が主宰するm-Friendsの会員向けの特別コンサートだったので料金も格安(3000円)だったから、入門用演奏会として見れば素晴らしい内容と言っていい。
 演奏会後にG君と話した内容を再現してみたい(JSは僕)。

JS:「前半のモーツァルトは聴き応えがあったけど、後半の小品特集には、がっかり。グリーンスリーヴスなんて日本人の好みに合わせたんだろうけれど、アマチュアの演奏よりも劣っていたんじゃないかな」
G君:「大ホールで演奏するんじゃなく、もっとサロンコンサートっぽくこじんまりしたホールで聴けば、印象は変わるかもしれませんが、やはりプログラムに難があったってことですね。前半のテンションで後半乗り切ってくれたらなぁ、と。後半はモーツァルトのシンフォニーでも聴きたかったところです」
JS:「賛成。でも、お客さんの多くは、後半のほうが盛り上がった」
G君:「前半はとってもいい演奏会に来たかも、と思いましたが、お客さんの反応は前半は今ひとつ盛り上がってませんでしたね。私は後半はかなりぐったりしながら(焦点が全然定まらない演奏だったので)聴いてましたが、お客さんの反応は良くなってました。何というか、ここに岩手のクラシック音楽に対する現状があるんだなあ、と思います。たとえば、アイネ・クライネ・ナハトムジークの各楽章毎に拍手が出てしまうあたりが、名曲を田舎で演奏する悲しい性ですね(笑)」
JS:「楽章間の拍手は、わかってやっている場合はいいんでしょ?まれにそういう名演があるし。ただ、マナーを知らないでやるのは恥ずかしい。拍手といえば、今回も曲が終わるとすぐに拍手をする方がいらした」
G君:「あれはフライング拍手です。余韻にひたりたい曲が多かったのに。拍手のタイミングがやたらに早い」
JS:「早ければいいってもんじゃないって、僕の隣席の方も憤慨してた。2階席から見ていたのでわかったんだけど、毎回同じ人でした。白髪の紳士」
G君:「私はライブ演奏に『エネルギー』をもらいに行くんですが、今回は風景画の展覧会を見に行った感じ。最初は『うおー、きれいな絵だなー、上手だなー』でしたが、後半飽きちゃった(笑)。たまに筆致に非凡なものが見える瞬間があるけど・・・ってな展覧会でしたね」
 G君はホールの響きの特性などについても話してくれたが、いささか専門的になるので他の機会に触れます。

 傾向としてはベルリン室内管弦楽団よりもイージーリスニング風になりそうなバロック音楽中心のクリスマス向けプログラム(歌あり、オルガン演奏ありとバラエティも豊か)だったチェコ・フィル合奏団が、とても聴き応えのある、しっかりした演奏だったのは拾い物(失礼!)だった。
 だからといって、しかつめらしい難しい音楽をやったわけではない。ベルリン室内合奏団が「満遍なく光の当たった明るい風景のような音楽」だったのに対し、チェコ・フィル合奏団は「陰影のはっきりした彫りの深い音楽」だった。
 どちらも楽譜を忠実に再現することを基本とするクラシック音楽なのに、こんなにも違う音楽になるのだから不思議だ。

 ところで、今年一番ショックだったのはミッシャ・マイスキーの演奏会(という言い方がすでに間違っているのでして、正しくはマイスキーをソリストに迎えたラトヴィア国立管弦楽団の演奏会なんですよね)の客席が、がらがらだったことだ(約2000席の県民会館大ホールの三分の二が空席!)。
 確かに料金が高かった。S席14000円、A席12000円、B席9000円。演奏会でよくお会いする常連の方々はB席(つまり、3階)に集中していた。もちろん、僕も3階だった。もっと料金設定を低くして、たくさんのお客さんに入っていただくほうがいいのではないかと思うのだが。

 マイスキーやオーケストラの面々には気の毒なありさまだったが、もちろん手抜きなどはしない。マイスキーはアンコールに応じてバッハの無伴奏チェロ組曲から一曲演奏した(これが素晴らしかった)。ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、もっと粘っこい演奏を聴かせてほしかったが、現在のマイスキーのアプローチなのだろう。
 ラトヴィア国立管弦楽団は(これまた知人の音楽通の言葉だが)「土俗的な響き」のオーケストラだった。そして、このオーケストラによるシベリウスの交響曲第2番は鬼気せまるものがあった(マイスキーを目当てにいらした方の多くが同様の感想を洩らしていた)。 ちなみにマイスキーはラトヴィア出身です。

 マイスキー・ショック(って勝手に命名してしまいましたが)について、G君と話す機会があった。
JS:「客が入ればいいってものではないと思うけれど、そんなにビッグネームのコンサートが多いわけではない盛岡で、マイスキーを聴かずして、いったい誰の演奏会なら聴くというのか(笑)」
G君:「満員だったベルリン室内合奏団のプログラムに対する感想とだぶるんだけど、マイスキーに人が入らない理由って、演奏家の名前じゃなくて、『知ってる曲を聴きたい』だけなのではないかと思う。つまり、第九なんかの演奏会だとよくわかりますが、前半3楽章はお客さんの大半が眠り(苦笑)、合唱が入ってくると俄然聴く気を起こす、ってところは近いものがあるかもしれません」
JS:「う〜ん、だけど、マイスキーはドヴォコン(ドヴォルザークのチェロ協奏曲)ですよ。あれ以上有名な曲もないでしょう。あるいは盛岡ではチェロそのものがまだマイナーなのか(笑)」
G君:「あ、そうなのかも。マイスキーは以前に田園ホールでリサイタルを行なった時もガラガラだった、と聞きました。盛岡の人はマイスキーが嫌いとか(笑)?」
JS:「それはそれでひとつの卓見ではあるなあ(笑)」
G君:「冗談はさておき、やっぱり今回はマイスキーを前面に出しすぎた宣伝に問題があったでしょうね。当日ホールに行って初めてメインがシベリウスの交響曲第2番だったと知った人が多かったらしいですから。マイスキーの名前だけで人を集めようとして逆に失敗したように思います。シベ2をやるんだったら、行っていたかも、という人がけっこういましたから」
JS:「宣伝ということで付け加えるなら、これの主催者が日ごろクラシックの番組に力を入れているとか、そういった日常の地道な活動があるならともかく、決してそうではないし。それに、やっぱり料金が高すぎた」
G君:「地方のコンサートでこれはちょっとねえ」

 G君はまだ20代だが、昔の指揮者のことにも詳しく、オーケストラについても教わることが多い。音楽という共通の話題のおかげで世代を超えた付き合いができるのは嬉しい。

〇11月19日(水)岩手県民会館大ホール
ミッシャ・マイスキー(チェロ)withテリエ・ミケルセン指揮 ラトヴィア国立管弦楽団
〈第1部〉
ドヴォルザーク:森の静けさ
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調 Op.104
〈アンコール〉
バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調 BWV1008から 第2曲アルマンド
(以上、第1部のチェロ独奏はミッシャ・マイスキー)
〈第2部〉
シベリウス:交響曲第2番

〇11月26日(水)盛岡市民文化ホール 大ホール
カトリーン・ショルツ&ベルリン室内管弦楽団
〈第1部〉
モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調K.136
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調k.219
〈第2部〉
J.S.バッハ:G線上のアリア
シューベルト:アヴェ・マリアOp.52-6 D.839
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ ハ長調Op.48より「ワルツ」
マスネ:タイスの瞑想曲
イングランド民謡:グリーンスリーヴス
モーツァルト:セレナード第13番ト長調「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 K・525
〈アンコール〉
モーツァルト:ディヴェルティメント
変ロ長調K.137より第2楽章、ヘ長調K.138より第3楽章

〇12月12日(金)盛岡市民文化ホール 小ホール
チェコ・フィル合奏団「クリスマスコンサート」
〈第1部〉
コレッリ:クリスマス協奏曲 Op.6 第8番
ヘンデル:≪メサイア≫より「シオンの娘たちよ、大いに喜べ」
ヴィヴァルディ:カンタータ美しく輝く〜アレルヤ
バッハ:コラール前奏曲「主よ、人の望みの喜びよ」
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲≪四季≫より 第1番「春」
〈第2部〉
バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
アルビノーニ:アダージョ
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲≪ラ・ストラヴァガンツァ≫第1番
シューベルト:アヴェ・マリア
モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」K.165より アレルヤ
ドヴォルザーク:≪新世界≫より第2楽章 ラルゴ
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
〈アンコール〉
ドヴォルザーク:わが母の教え給いし歌

ヴァイオリン独奏はガブリエラ・デメテロヴァー
ソプラノ独唱はハナ・ヨナソヴァー
オルガン独奏はパヴェル・チェルニー

◆このごろの斎藤純

〇寒い日だったにもかかわらず「平和を願うつどいin盛岡」(盛岡市中の橋通りプラザおでって前広場にて12/ 21日曜日午後2時から)はとてもいい集まりになった(本当はこういう集まりをひらかなければならない状況はちっともよくないことなのだが)。多くの市民の他に、全国で初めて「自衛隊のイラク派遣反対の意見書」を決議した岩手県議会から、伊沢昌弘議員、斉藤信議員、平野ユキ子議員(都合で来られなかった吉田洋治議員からはメッセージが寄せられた)、それに達増拓也衆議院議員らが参加し、日本の戦争加担に反対の声を上げた。
〇それにしても平和運動を「反体制運動」あるいは「政治運動」としてしか見ない風潮が日本にはある。不幸なことだ。
〇今月は季刊オートバイ誌の発売月にあたっているので数誌の目次に僕の名前が出ている。〈BMW BIKES vol.21〉に北東北のブナ林ツーリング紀行文を、〈アウトライダー復刊第4号〉と〈MOTO NAVI冬号〉にショートストーリーを書いている。文芸誌では「小説新潮新年号」に岩手を舞台にした連作短編ミステリーの第3回が掲載されている。

ドヴォルザーク「自然と人生と愛」を聴きながら