トップ > 目と耳のライディング > バックナンバーインデックス > 2004 > 第66回


◆第66回  宮沢賢治を考える その1( 9.march.2004)

 矢巾町民劇場第8回公演
 『晶光の空 〜藤原健次郎物語〜』
 2004年2月29日 午後2時開演 矢巾町田園ホール

 実在の人物をモデルにしたオリジナル劇で、スタッフもキャストも矢巾町民という公演があった。
 
 明治42年、盛岡中学に宮沢賢治は入学し、寮生活をはじめた。1年先輩に矢巾町(当時は不動村)出身の藤原健次郎がいた。健次郎の写真を見ると、整った顔立ちの少年で、いかにも聡明そうだ(ただ、どこか悲しみを秘めた目をしている)。実際、健次郎は成績優秀で、野球部員としても活躍し、めんどう見もよかった。寮で同室になった二人は急速に親しくなる。
 賢治の「東京ノート」などにも健次郎の思い出の断片をつづったメモが見られるが、藤原家に残っていた手紙などを生かし、二人の交流を舞台劇としたのが『晶光の空』だ。

 賢治は矢巾町の南昌山を短歌に詠み、また南昌山を舞台にしたと思われる童話も残している。これは健次郎の案内で、賢治が南昌山をしばしば散策した成果のひとつだ。二人のそんな交流は、健次郎16歳の突然の死によって断たれる(健次郎の悲しみを湛えた目は、この死を見越していたのかと想像がふくらむ)。賢治は大切に思っている身近な人を失う運命の人だったという気がするが(たとえば、妹トシの死)、それはともかく親友を失った賢治が受けた悲しみは、どれほど深かったか。
 健次郎の死が『銀河鉄道の夜』の下敷きになっているという仮説が終盤で提示される。これがまたみごとで、説得力もあった。賢治は悲しみを「書くこと」で昇華した。いや、人生の苦難を「書くこと」で乗り越えようとした男だったのだから。

 説得力という点に関して言えば、地元の人たちが演じているのだから当然といえば当然なのかもしれないが、セリフのひとつひとつに力がこもっていた。古里への愛が、この芝居を支えているのだと僕は感銘を受けた。どんな名優が南昌山を讃えるよりも遥かに強く観客の胸に響いたのは間違いない。
 主役の健次郎を演じた白澤勉さんはこれが初舞台だというが、ああいう人がそばにいたら賢治も大きな影響を受けて当然だろうと思わせる人物像をつくっていてみごとだった。そして、健次郎を取り巻く家族や友人ら一人一人も魅力的に描かれていた。目配りの行き届いた原作(佐々木絵梨子さん)の功績だ。水晶を小道具にした伏線も効果的で、泣かせた。
 舞台美術と音楽も秀逸だった。抽象的な森のセットで、ケルト風の音楽に乗って子供たちが森の精や雨の精を演じる場面は、それだけで独立した舞台作品になっていた。全編を通して選曲がよかったのだが、残念ながらスタッフ表にクレジットはされていない。

 いくつか冗漫な場面(セリフ)があったし、全体の流れにもう一工夫あったらもっとレベルの高い作品に仕上がっただろうと思ったりもした。けれども、これは矢巾町の人たちが自分たちのアイデンティティをかけた芝居であって、完成度や商業的な成功を求めたものではないのだから、これはこれでいいのだという気がする。
 キャスト・スタッフ合わせて総勢100名に及び、上演時間も二時間を超えるこの大作をまとめあげた脚色・演出の横澤雅弘さんに拍手を送りたい。

 矢巾町民劇場がユニークなのは、この活動を「町づくり」の一貫と捉えていることだ。パンフレットにも「世代を超えた交流の場が生まれ、やがて町を支える大きな力となります」と紹介されている。「町づくり」とは誰も通らない高速道路を通したり、大金を投じて都市型の開発することではなく、「人づくり」なのだという気概を感じる。
 2回の公演とも、ほぼ満員の入りだったことも特筆しておきたい。客席で笑い、涙したみなさんもまた「町民劇場」に参加した一人なのだ。

 今回のタイトルに「その1」と付けたものの、続きを書く予定が決まっているわけではありません。ただ、今後も劇や演奏会などを通して、宮沢賢治について考える機会が訪れそうな予感がするので「その1」としておきました。
 宮沢賢治は読み継がれる作品を残したばかりでなく、その精神の後継者を今も育てつづけている。世界中見まわしても、こういう人は希有だろう。

◆このごろの斎藤純

〇先日東京に行った際、花粉症の症状が出た。上野では梅が盛りを過ぎようとしていたので「春近し」と思い、ツーリングの幕開けに備えてオートバイの整備をしようとしたら大雪に見舞われた。
〇岩手県立美術館で開催中(28日まで)の「舟越桂展」で、最新作や写真でしか知らなかった作品、ここでしか目にできない個人所蔵作品などと出会ってきた。県立美術館は桂氏のご尊父保武のコレクションも充実しているので、親子の作品を鑑賞できるとあって他県からの来館者も多いそうだ。これだけまとめて見られる機会はもうとうぶんないだろうと関係者も言っていたので、ぜひご覧ください。
〇今週末、盛岡と東和町でドキュメンタリー映画『ヒバクシャ』の上映会がある。これは湾岸戦争時に使用された劣化ウラン弾による被爆被害の実態をとらえたものだ。13日土曜日は盛岡劇場大ホールで午後2時からと6時からの二回で鎌仲ひとみ監督の講演もある。14日日曜日は東和情報センターで午後2時と4時半の二回。前売り券は一般1000円、中高大生500円。川徳、サンビル、おでって、大通佐々木電気、アネックス川徳、いわて生協(9店)で扱っている。

チャイコフスキー:弦楽セレナーデ/サイトウ・キネン・オーケストラを聴きながら