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◆第73回 三崎ともやすライヴ ( 14.june.2004)

2004年6月4日 午後6時30分 岩手県公会堂大ホール
「県公会堂全面保存決定記念コンサート 三崎ともやすライヴ」

 岩手県公会堂が保存されることが決まった。保存運動を進めてきた「県公会堂県民フォーラム」の主催で、その記念コンサートが行なわれた。

 この日出演した三崎ともやすさんの音楽をどう伝えたらいいのだろうか。
 レパートリーにジャズのスタンダード・ナンバーも少なくないから「弾き語りのジャズシンガー」と捉えているファンもいるに違いない。
 その弾き語りのスタイルがジャズとは異なっているし、フォークソングのレパートリーもあるから「フォークシンガー」ともいえる。
 あるいは、卓越したギターテクニックに焦点を当てて「フィンガーピッキング・ギタリスト」と捉えているファンだって多いだろう。
 僕はおおらかに(笑)「アメリカンソング・シンガー&ギタリスト」と定義していた。何よりも三崎さんのギタープレイがアメリカそのものだからだ。
 三崎さんはナイロン弦を張ったガットギター(いわゆるクラシックギター)を用いる。ジャズやフォークではスチール弦を張ったギターが主流なので珍しい。でも、三崎さんがよく取り上げるアーティストの一人ホセ・フェリシアーノ(プエルトリカンだが、活躍の場はアメリカ)はガットギターの使用者だし、心酔するチェット・アトキンス(ジャズ、ポップス、フォークとあらゆるジャンルのギター界に大きな影響を及ぼした大ギタリストです)もよくガットギターを弾いていたのを思えば、さほど不思議ではない。

 ところが、この日、三崎さんは吉田文夫氏が歌う「南部牛追唄」との共演(ギター伴奏)でライヴをはじめた。このギターが素晴らしかった。アメリカ音楽でもスペイン音楽(ギター音楽の本場、三崎さんのギターもスペイン製)でもない。それは三崎さんならではの音楽としか言いようのない世界だった。で、僕は心のなかでつくっていた三崎さんに対する「アメリカンソング・シンガー&ギタリスト」という定義を慌てて引っこめた。
 ジョアン・ジルベルト(バックナンバー第54回)がボサノヴァという枠を超えた存在であるのと同様に、三崎さんもまたワン&オンリーの音楽世界を築いていることを改めて気づかされた。

 三崎さんは自作の曲を歌うわけではなく、ジャズ、フォーク、アメリカンポップスなどを歌うのだが、どの曲をやっても結局は三崎さんの音楽になっている。他の人がつくった曲で三崎さんはご自身の人生を語っていると言い換えてもいい。
 そして、「バラ色の世の中ってわけじゃないけど、そんなに悪くはないよ」と聴いている人ひとりひとりに語りかける。

 県公会堂の保存を求める3年前のコンサートにも三崎さんは出演されているが、もともとは盛岡の方じゃないんですね。県公会堂解体(老朽化と利用者がいないせい)という論議があると聞いて、三崎さんは「盛岡の人はあの建物の大切さに気がついていないのかな」と疑問に思ったという(県公会堂に限らず、こういうことって、しばしば「外の人」のほうが敏感に感じたり、ちゃんと見ていたりするものです)。
 三崎さんは横浜出身、アメリカで音楽修行を積み、盛岡を終の住まいとした今も全国各地でコンサート活動をつづけている。そんな三崎さんと話していて感じるのは、その視野の広さだ。

 古い建物を「巨大ゴミ」と見るか、歴史的建造物という文化遺産と見るか。
 「文字を理解できない人々にとって図書館は紙クズの置き場所でしかない」という譬えがあるように、価値を知らない人にとっては「巨大ゴミ」でしかない。また、古い建物を「時代遅れ、経済の遅れ」の象徴とし、これを壊して新しいビルにすることが「善き行ない」である時代も確かにあった。
 僕が思うに、歴史的建造物はそこに暮らす我々のアイデンティティだ。それが理解されないうちは保存運動はひろがらない。専門家や有志の集まりである県公会堂フォーラムは、県公会堂の価値を広く知ってもらおうと勉強会や見学会をひらき、地道な運動を行なってきた。そして、要するに「視野を広める」ことに成功したのだ。高く評価するべきだと思う。

 県公会堂については、修復して飾っておくような手法ではなく、活用していく方針が打ち出されている。それでこそ「生きた文化遺産」といえる。
 どのように活用していったらいいか、今、県公会堂は次の段階を迎えて広く意見を求めている。
 今回の決定を本当に喜ぶのは、もしかすると10年後、あるいは50年後の県民かもしれない。後世のために胸の張れることを成し遂げた。僕はそう思う。

 僕は三崎さんのファンだし、県公会堂の保存運動も陰ながら応援してきたので、この日はとてもいい夜を過ごすことができた。

◆このごろの斎藤純

〇今月末に新刊『銀輪の覇者』(早川書房)が出ます。これは岩手日報夕刊の連載小説をまとめたもので、戦前まで日本でも活発だった自転車ロードレースを舞台にしたスポーツ小説です。自転車レースの小説って、僕が知っている限り、日本ではこれだけなので日本初の自転車レース小説と言っていいかもしれません。
〇田園フィルハーモニーオーケストラ(僕はヴィオラを弾いてます)の第1回演奏会が、いよいよ今週末に行なわれます。みなさんのお越しをお待ちしています。田園ホールでお会いしましょう。

田園フィルハーモニーオーケストラ第1回演奏会
6月20日(日)14:00 田園ホール
前売り800円(当日1000円)
〈出演〉
指揮:寺崎 巖
ヴァイオリン:長谷部雅子(東京ゾリステン)
ホルン:甲田幹雄(東京交響楽団)
友情出演:盛岡南高等学校吹奏楽部
〈曲目〉
レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア第1組曲
ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」より「春」第1楽章
ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」より第1楽章
福田洋介:吹奏楽のための「風の舞」
ROBERT W.SMITH: INCANTATION(呪文)
ハリーポッター・メドレー
サウンド・オブ・ミュージック・メドレー 他

問い合わせ:019-697-5585(田園ホール)

アーサー・ブリス/弦楽四重奏曲第一番を聴きながら