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◆第81回 ギターとフルートのデュオ・コンサート(ギターを聴く その5) ( 4.October.2004)

材木町の旭橋側の角に、蔵を改築した画廊喫茶がある。9月25日、ここで「田中潤一&中根康美デュオ・コンサート」があった(ドリンク付2500円)。
まずは曲目をご覧ください。

@シューベルト(1797-1828):「オリジナル舞曲集」より  
Aシャイトラー(1752-1825):ソナタ ニ長調 
  T.アレグロ
  U.ロマンス
  V.ロンド
Bソル(1778-1839):アンダンテラルゴ ニ長調 Op.5-5、エチュード ロ短調Op.60-22、エチュード ニ長調 Op.60-17
Cパガニーニ(1782-1840):協奏風ソナタ イ長調   
  T.アレグロ、スピリトーソ
  U.アダジオ、アッサイ エスプレシーヴォ
  V.ロンド
Dピアソラ(1921-1992):タンゴの歴史より1900年 ボーデル
Eヴィラ=ロボス(1887-1959):ブラジル風バッハ 第5番よりアリア 
Fブロウェル(1939-):11月のある日  
Gアルベニス(1860-1909):アストゥーリアス 
Hドップラー(1821-1883):ハンガリー田園幻想曲 より 
Iバルトーク(1881-1946):ルーマニア民族舞曲

 

 (フルートとリコーダーの田中さん、ギターの中根さんのプロフィールは下にあります。)

 シューベルトの伝記映画『未完成交響楽』(ビル・フォルスト監督、1933年)は、確かシューベルトがギターを質に入れるところから始まった。「へえ、シューベルトはギターも弾いたんだあ」と印象に残っている。この日演奏されたのはフルートとギターのためにつくられた舞曲。

 シャイトラーはギターの弦が復弦5コース(計10本となるが、2弦1組なので、弾くときは5弦ギターと同じと思っていい。今のギターよりも低音部が1弦少ない)から現在の単弦6本の過渡期を生きた作曲家で、この曲は復弦5コースのギター用の曲。こういう説明をうかがってから演奏を聴くと、なるほどなあと思う。サロンコンサートの楽しみはこういうレクチャーにもある。

 つづいて中根さんのギター独奏でソルの小品を聴いた。ソルはギターのための作品をたくさん残したスペイン出身の作曲家。中根さんは我々がふだん目にしているクラシックギターよりちょっと小振りな19世紀ギター(盛岡市在住のギター製作者水原洋さんの作)を弾かれた。後半のDから一般的なクラシックギターが使われたので、音質などの違いが比較できた。19世紀ギターは音量が小さいと思われがちだが、村井館の音響がいいせいか、現代のギターに引けをとらなかった。

 パガニーニは馬鹿テクのヴァイオリン弾き(今ならヘヴィメタル系のギタリストのようなもの)として知られているが、作曲したヴァイオリン曲も多い。なにしろ、それまでのヴァイオリン曲では物足りなかったので、自分の演奏会用に超絶技巧曲を量産したのだ。
 パガニーニはギターの達人でもあったそうだ。演奏旅行先でオーケストラを調達するのはお金がかかるので、ギター伴奏のヴァイオリン曲もたくさん書いた。噂によると、演奏会を終えると、それらの楽譜をパガニーニは必ず回収して帰ったそうだ。アイデアが盗まれるのを恐れたのか、コピーした(もちろん、手書きですが)楽譜が出回るのを避けたのか(昔はCDがなかったので、作曲家は楽譜の出版で利益を得ていた。写譜が出回ると損をする)。ま、どっちでもいい。

 田中さんはもCまではフラウト・トラヴルソ(フルートの前身の古楽器)、D、E、Hは現代のフルートを、Iでは大小さまざまな(つまり音域の異なる)リコーダーを演奏した。面白かったのは、Hの「ハンガリー田園幻想曲」だ。フルートの旋律がどこか尺八に似ていたのだ。ハンガリーはアジア民族の国なのだそうで、文法も似ていると聞いたことがある。姓名の順も日本と同じだ(英語では名姓の順で表記するでしょ?)。

 アルベニスの「アストゥーリアス」を聴けたのは嬉しかった。この曲はギターを弾く人なら「アルハンブラの思い出」と共にレパートリーにぜひとも入れたいと思う曲だ。が、もちろん難曲である。
 そもそもこの曲はギターのために書かれたものじゃないんですね。オリジナルはピアノ曲集「スペインの歌」の第1曲「前奏曲」です。アルベニスはスペインの民俗音楽を取り入れて作曲したので、ギターで演奏されていた音楽からも当然影響を受けている。だからオリジナル(ピアノ曲)を聴いていても、どこかギターの響きがする。

 そこで、ある実験をしてみた。ピアノの達者な友人に「アストゥーリアス」をピアノで弾いてもらった。ギター版ではトレモロという難しい技術を使っているのだが、それをピアノでやるとピアニストは「腱鞘炎になります」と根を上げた。しかも、ちっとも美しくない。
 やはりギター曲はギターで演奏されるべきだという当り前のことが判明したわけだが、この実験、端で見ていると抱腹絶倒もので、苦しくなるほど笑ってしまった(ピアニストは真剣だが)。

 というわけで19世紀の作品からからピアソラ、ブロウェルの現代曲まで、バラエティ豊かなプログラムを楽しむことができた。
 以下、お二人のプロフィールです。

◆田中潤一:モダン・フルート、8キートラヴェルソ、リコーダー

  桐朋学園大学演奏学科古楽器専攻卒。フラウト・トラヴェルソを有田正広、片岡正美、フルートを佐藤博、野口龍、篠笛を若山胤雄に師事。リコーダーのほかケーナなどの民族楽器を独学。音楽に即し様々な種類の笛を吹きわける。84年より、アンサンブル"音楽三昧"主宰、5枚のCDをリリースし、2002年、アメリカ・ニューハンプシャー州ダートマス大学より招聘され教育プログラムとコンサートを行う。NHK「名曲アルバム」出演。朗読とのコラボレーションなど様々な活動を展開。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~zammai/JTind.htm

 
◆中根康美:クラシカル・ギター、19世紀ギター

 ギターを小山勝、佐々木忠の各氏に師事。1981、82年と東京国際ギターコンクール三位入賞。84年から88年、ドイツ留学。国立ケルン音大卒業。88年ジュネーブ国際音楽コンクール、セミファイナリスト。現在ソロをはじめ、フルートやマンドリンとのデュオ、歌の伴奏と幅広い活動を展開中。19世紀ギターを用い新たなレパートリーにも意欲的に取り組んでいる。テレビ、FM、CDと幅広く活躍。"ケルン・ギターカルテット"メンバー。CD"吉松隆作品集:優しき玩具"リリース。

◆このごろの斎藤純

〇ブックスアメリカン北上店でのサイン会は、友人のKくんにフィンガーピッキング・ギターを演奏してもらい(僕も一曲セッションに参加)、抽選会などもあって盛況でした。
〇年内にもう一冊『龍の荒野』を出すので、相変わらず忙しい。 これが実現すると(しないとマズいのですが)今年は5冊の新刊発売ということになり、これは僕にとって初めての「記録」となります(文庫化を含めて5冊刊行ということは過去にありましたが)。
〇僕も参加している文化地層研究会(高橋智代表)が「啄木・賢治青春地図」を発行しました。啄木と賢治は青春時代の十年間ほどを盛岡で過ごしているので、あちこちにゆかりの場所があります。それを一枚の地図で網羅した労作です。プラザおでってなどで無料配布していますので、ぜひ手にとってごらんください。

ロータスの伝説/サンタナを聴きながら

 

 ところで、読者の方から〈伊藤奏子のブラームス〉のコンサート・プログラムに僕が書いた解説を読みたいという希望が寄せられましたので(この方はコンサートには行けなかったんですね)、ここに再録します。

〈解説にかえて〉

  2001年4月、岩手県民会館大ホールで伊藤奏子さんはオーケストラアンサンブル2001と共演し、シベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏しました。あのときの感動は今でも私の胸に深く刻みこまれています。その感激と興奮を、今度はブラームスのヴァイオリン協奏曲で味わうことができると思うと、開演を知らせるチャイムが鳴る前から胸が高鳴ります。

 さて、ヨハネ・ブラームス(1833-1897)が唯一残したヴァイオリン協奏曲は、実はヴァイオリニスト泣かせの難曲です。なにしろ、オーケストラのパートが交響曲のように緻密かつ濃密なので、ヴァイオリニストはそれに負けないように演奏しなければならず、体力を最も消耗する協奏曲ともいわれているほどです。いえ、体力だけに限りません。ブラームスの親友で大ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムがヴァイオリン・パートについて助言し、初演もした作品ですので技巧的にも随所に(たとえば第1楽章で聴くことのできる十度の重音を筆頭に)ヴァイオリニストの腕を試すような難所があります。しかも、決して技巧だけにとどまらず、豊かな旋律と情感を併せ持ち、独奏ヴァイオリンとオーケストラのアンサンブルがみごとに構築された名曲中の名曲です。私たちは伊藤さんのヴァイオリニストとしての持てるすべてを堪能することができるでしょう。

 そして、これは今回の演奏会のために特別編成されたオーケストラ・アンサンブル2004にとっても大きな挑戦といえます。演奏会に向けて、伊藤さんとは同郷でヴァイオリン教室の同門でもある寺崎巌さんを中心に、なごやかながらも緊張感漂う練習が重ねられました。
 「プロのオーケストラと違って、とても新鮮なエネルギーを感じます。何かを表現するんだという意欲に満ちていて、わたしも強い刺激を受けています」
 このように語る伊藤さんから、郷里岩手の音楽仲間たちもきっと多くのことを吸収するに違いありません。

 また今回は、伊藤さんの夫マーティン・ストーリーさんもオーケストラの一員に加わる他、〈無伴奏チェロ組曲第1番〉を演奏してくださいます。

 ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)の無伴奏チェロ組曲はチェリストにとって大変重要なレパートリーです。この曲についてマーティンさんは「演奏するたびに新しい発見があります。今回演奏する第1番ト長調は、シンプルなハーモニーや構成ながら、とても温かく、純粋、そして生きている喜びを感じさせる曲です。この曲を、大きなコンサートホールで、それもブラームスの序曲の後に演奏するのは大変なコントラストで、聴衆のフォーカスをオーケストラの重厚な音からチェロ1本に集めるというチャレンジのしがいがあります」と語ってくれました。なお、マーティンさんが使用するチェロは松本伸氏(盛岡市在住)がこの日のために製作したもので、これも岩手ならではのことと思います。

 紹介する順番が最後になってしまいましたが、〈大学祝典序曲〉は、ブラームスがブレスラウの大学から名誉博士の称号を受けた際に返礼として書かれたもので、この作曲家にしては珍しく陽気な明るい曲です。

 そろそろ開演のようです。実行委員に名を連ねる私からもお礼と感謝を述べさせていただきます。音楽を愛する喜びをみなさんと分かちあえることを心から嬉しく、また、誇らしく思います。