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◆第90回 スポーツのような音楽 (7.February.2005)

井上静香&山本亜希子デュオ・リサイタル
2004年1月19日(水)午後7時から ノンクトンク(盛岡市)

 痛快というか爽快というか、まるでスポーツを見た後のような印象を与えるコンサートだった。まず、曲目をご覧ください。

第1部
@モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第29番 イ長調 K.305
Aシューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105
Bシューマン:三つのロマンス
第2部
Cストラヴィンスキー:イタリア組曲
Dシューマン:ウィーンの謝肉祭の道化芝居「幻想的情景」
アンコール
クライスラー:シンコペーション

 AとCは大好きな曲です。もうそれだけで嬉しい。
 Aは、鬱病に苦しみながら書いたという陰影の深い曲。シューマンにはヴァイオリンが美しく響く音域を活かそうという気持ちがなかったらしく、ヴァイオリニストにとっては難しい曲なのだと聞いたことがある。

 そのシューマンを井上さんは「熱い思い」でもって弾ききった。@のチャーミングな演奏とはまったく逆の演奏といっていい。 モーツァルトでも感じたのだが、井上さんはリズム感がずば抜けている。速いフレーズを胸のすくようなスピード感で弾く。ギドン・クレーメルも蒸気機関車のような独特のスピード感を持っているヴァイオリニストだが、井上さんの滑らかに疾走するスピード感はフェラーリの12気筒エンジンを想わせる。
 Bでは穏やかなシューマンを聴くことができた。

 Cはこの日の選曲の流れからすると、ちょっと異質かもしれない。
 ロシア・バレエ団の総支配人ディアギレフがミラノ図書館でペルゴレージ(1710-1736・ナポリ)の未発表の写譜を発見し、これをもとにしたバレエ組曲をストラヴィンスキーに依頼。ストラヴィンスキーはペルゴレージや他のバロック音楽を引用して「プルチネルラ」をつくる(これも僕は好きなんです)。ストラヴィンスキーは当時最先端を行く作曲家だったが、この時期に「古典主義への回帰」あるいは「新古典主義」の作風に変化を遂げている。
 で、この曲はその後、チェロ版とヴァイオリン版に編曲され、「イタリア組曲」となった(特にチェロ版はよく演奏される)。
 シューマンとはまた別の井上さんの顔を見せる演奏で、僕は感激してしまった。

 井上さんのヴァイオリンの特徴はスピード感と、線の太い音質にあると思った。
 で、その場に居合わせたヴァイオリニストの山口あういさん(盛岡市在住)にそう言ったら、「繊細なところと大胆なところのめりはりが明確だから、線の太さが際立つんじゃないかしら」と演奏家らしい的確な答えがかえってきた。さらに山口あういさんは「音色が豊富ですよね。音色の変化による表現力がとても豊かです」とも。 なるほど。このように分析してもらうと「なぜこの音楽が素晴らしいのか」がよくわかる。

 ところで@なんですが、「これくらいはお茶の子さいさいなんだろうなあ」と思っていたら、決してそうではなかった。
 お二人は前日に矢巾町公民館でリハーサルをされた。その場にいた方から「曲の解釈に違いがあって、一時間ばかりディスカッションしながらの緊張した練習だった」と後で教えられた。
 仲良しの二人が和気あいあいと演奏したように見えたが、その裏では真剣勝負といっていい練習があった。だからこそ、あれだけの音楽が生まれ、ぎっしりとつめかけた聴衆の心をひとつにまとめることができたのだろう。

 井上静香さんはキャラバン2002のメンバーとして岩手を訪れている(チェリストであり指揮者でもある巨匠ムスティラフ・ロストロポーヴィチさんと共に、若手の演奏家をひきつれて訪れ、福祉施設や学校、お寺など14箇所で演奏した。バックナンバー第31回をご参照ください)。
 そのコンサート・キャラバンの地元スタッフが「NPOコンサート・キャラバン・イーハトーヴ」を立ち上げ、かつて岩手を訪れた演奏家のうちの8名で、昨年の夏に再び県内巡演を行なった。このときも井上さんは中心メンバーだった。
 このときに演奏されたメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲(なんと16歳のときの作品だ!)は溌剌とした若さだけではなく、音楽にかけるひたむきさに溢れていて、僕にとっては一生忘れられないものになった。
 今回のコンサートもそういう縁で実現した。
 普通、僕たちが聴くコンサートはプロモーターが売り込みにきて、それをホールが買うという図式で成立する。前回紹介した「パイプオルガン・プロムナードコンサート」もそうですが、こういう活動が音楽ファンの幅をひろげていく。とてもいいことだと思う。

 山本さんのピアノ演奏については書くスペースがなくなってしまった。ロシアに留学中とのことだが、またぜひ盛岡で演奏していただきたい。そのとき改めてご紹介したいと思う。

◆このごろの斎藤純

〇前回お知らせした「文化会館・スポーツ施設の運営を考える会」は予定参加数を遥かに上回った。それほど市民の関心が高いということだろう。こういう集まりを一度きりにしないで、これからも継続し、利用する市民の満足度を高めていってもらいたいという意見が多かった。寄せられた提言をどう活かしていくかが施設側のこれからの課題だ。これも市民参加のひとつの形である。
〇冬は我々オートバイ乗りにとっては、ひたすら我慢の季節だ。僕などはこの時期にたくさん仕事をしておけば、夏にあちこち気兼ねなくツーリングに行けるわけだが、そうは思っても実行はなかなかできない。

リメンバランス/中牟礼貞則を聴きながら