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◆第115回 アイルランドとの交感(23.january.2006)

「日本に向けられたヨーロッパ人の眼・ジャパントゥデイvol.7」
岩手県立美術館 2005年12月23日(金)〜2006年2月12日(日)

 2004年9〜12月にかけて、アイルランド、ドイツ、チェコ出身の4名の写真家が初めて岩手県、神奈川県、岐阜県を訪れ、撮りおろした写真77点が展示されている。これはEU・ジャパンフェスト日本委員会が1999年から開催している写真プロジェクト「日本に向けられたヨーロッパ人の眼・ジャパントゥデイ」の第7回目の巡回展。主催者は「ヨーロッパの写真家の視点で切り取った日本の日常の風景や人々の姿が、身近にありすぎて見過ごしがちな日々の生活をあらためて見つめ考える機会となることを願っています」と企画意図を述べている。
 出品作家については下で紹介しています。

 私がこの企画展に興味を持ったのは、アイルランドの写真家が参加していたからだ。

 アイルランドといえば、オスカー・ワイルド(「幸福の王子」をぜひお読みください)、イェイツ(イェイツ編『ケルト妖精物語』は日本のいわば『遠野物語』)、スウィフト(『ガリバー旅行記』の作者ですね)、ジョージ・オーウェル、バーナード・ショーなどたくさんの文学者を輩出している。イギリス出身と私が思っていた作家のほとんどが実はアイルランド人だ。
 音楽好きならエンヤやチーフタンズ、U2がすぐに思い浮かぶだろうし、ビートルズ・ファンはポール・マッカートニー、ジョン・レノン、リンゴ・スターがアイルランド系であることを記憶しているに違いない。リバーダンスというアイルランド民族舞踏をもとにしたショーがヒットしたことも記憶に新しい。映画ファンはまっさきにジョン・フォード監督の名を挙げ、そういえばロナルド・レーガンもアイルランド系だと付け加えるかもしれない。

 そして、ビートルズと同じくらい(歴史的に)インパクトがあったのがジョン・F・ケネディ大統領だ。
 当時のアメリカにあって、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)以外のものが大統領になるということは天地がひっくり返るような衝撃だったらしい。ケネディはアイルランド系であり、カトリックだった。
 アイルランドは伝説と現実が入り交じっているところなのだそうだ。だから、古い歴史を調べるのがとても困難だ。実在しない人物(英雄や神)が堂々と登場してくるからだ。それに今も妖精がそこらをうろついているという。

 アイルランドについて知れば知るほど(といっても、私はほとんど何も知らないに等しいのだが)、「アイルランドって日本の岩手(あるいは北東北)」だな」といささか乱暴かもしれないが、こじつけてしまいたくなる。

 なにしろ、岩手は作家の数が多い。石川啄木、宮澤賢治、野村胡堂、三好京三、中津文彦、高橋克彦、北上秋彦---。北東北に範囲をひろげれば、太宰治、石坂洋次郎、寺山修司、長部日出雄らが加わり、ますます多くなる。伝説と現実が入り交じっているなんてところは『遠野物語』そのものだ。それに、「最初の平民宰相」と呼ばれた原敬は、ケネディにだぶる。

 アイルランドは古代ヨーロッパの幻の民ケルト人の息吹が濃厚に残っている土地だ。これも蝦夷(さらには縄文人)の息吹が濃密な岩手(北東北)と重なる。
 そんなアイルランドから岩手に写真家が来て「岩手の今」を撮ったのだから、興味が湧かないわけがない。展覧会場で私は上に記したようなことを頭の片隅に思いうかべながら、アイルランド出身のファレル氏の作品を眺めた。

 ファレル氏は「日常性と神秘性が交わる場所」を撮ったという。それはつまり、岩手をレンタカーで2000キロ走ったファレル氏がこの地に何からの「神秘性」を感じたことを意味している。ファレル氏は〈岩手で発見したのは、「ごく普通の秩序だった現実的な日々のことこそが喜びである」という事実〉だと記している。これを私は最上級の褒め言葉と受け取った。
 その作品はアイルランドのコークでも展示される。かの地の人々がどのように受け止めるだろうか。私はそれにも興味がある。

 ファレル氏に長くスペースを取りすぎた。サイデル氏の作品について簡単に記して終える。
 地元のアーティスト(あるいはアート関係者)をモデルに、本人の希望する服装と場所で撮るのがサイデル氏の手法。その際、モデルと充分に話し合う。それでサイデル氏はこれを「exchange project」と呼んでいる。

 ファレル氏の作品との「交感」を楽しんだ直後に、サイデル氏の「交換」が出てきたので、「河童か妖精の悪戯かな」と嬉しい驚きを覚えた。

[作家紹介]

デヴィッド・ファレル David Farrell 岩手県撮影
 1961年アイルランド・ダブリン生まれ、同地在住。主に"場所と記憶"をテーマに、さまざまなプロジェクトに取り組み、『INNOCENT LANDSCAPES』で2001年ヨーロッパ写真出版賞受賞。独自の切り口で、現代の社会に浮遊する"とらえどころのない瞬間"と対峙し、言葉では表現しきれない考えや意識を見る者に感知させる。

ダラ・マクグラス Dara McGrath 神奈川県撮影
 1970年アイルランド・リムリック生まれ、コーク在住。ヨーロッパの国境にフォーカスした"Between the Lines"や、アイルランドの新しい国道網と変わりゆく風景を記録した"By the Way"などを発表。自然と人の手によって刻まれた痕跡とが生み出す、違和や奇妙な調和をとらえる。2003年、AIB Art Prize(アイルランド)を受賞。アイルランド写真界を担う若手として期待が高まっている。

イトカ・ハンズロヴァ Jitka Hanzlova 岐阜県撮影
 1958年チェコ共和国・ナホト生まれ、ドイツ・エッセン在住。一般の人びとやありふれた風景を被写体に、やわらかな自然光やゆったりと流れる時間といった、何でもない1日の中に存在する真の豊かさをみずみずしい感性でとらえる。幼い時代を過ごした小さな村を撮影した『Rokytnik』や、各国の女性のポートレート『Female』などに取り組み、ヨーロッパ各国やアメリカで高い評価を得ている。

ヴァレンティーナ・サイデル Valentina Seidel 岩手県・神奈川県・岐阜県撮影
 1973年ドイツ・レーゲンスブルク生まれ、ベルリン在住。作品制作を、被写体とのコラボレーションと捉え、そのコミュニケーションを重要な要素とするユニークな手法のポートレートに取り組む。今回の"exchange"は、3県でアートに関わる人々を被写体に、彼(女)らのアイデンティティや作品にとって大切な場所を尋ね、撮影空間を決めた。ドイツ・ベルギー・オーストラリアでも撮影が行われ、写真表現の新しい可能性を広げている。

◆このごろの斎藤純

〇宮古市出身のジャズ・ピアニスト本田竹広氏が亡くなられました。04年、たった一夜の「ネイティヴ・サン復活」コンサートが私にとってはお別れとなった(第80回をご参照ください)。ご冥福をお祈りします。

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