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◆第151回 多様なバッハの世界を聴く(11.june.2007)

原田智子ヴァイオリン・リサイタル
2007年5月26日(土) 19時開演
もりおか啄木・賢治青春館

 J.S.バッハがケーテン時代に作曲した器楽曲はいずれも今なお色褪せない傑作だ。バロック時代の作品はオリジナル楽器による古楽演奏が主流になった感があり、モダン楽器奏者やモダン・オーケストラによる演奏がめっきり減ってしまったけれど、〈無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ〉に関してはモダン楽器による意欲的な演奏活動が連綿とつづいている。
 これは、バッハの器楽曲が古楽やモダンという区分を問題にしない、超越した作品であることを示している。

 でも、そのことが演奏家にとって重荷になるであろうことは、素人のぼくにも容易に想像がつく。

 プログラムを紹介しよう。


 [第1部]
 〈1〉ソナタ第2番 イ短調 BWV1003
 〈2〉パルティータ第2番 二短調 BWV1004
 [第2部]
 〈3〉パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006

 

 同じプログラムのリサイタルが8日(火)に東京オペラシティ近江楽堂、15日(火)に金沢市アートホールで行なわれ、好評を博した。

 どの作品も、ひとつの曲のなかに、さまざまな表情がある。もとになった舞曲の楽しさに溢れているかと思うと、敬虔な宗教家らしいバッハの内面も見せる。これらの作品は世俗曲とされているけれども、聖書を離れた宗教性が底をしっかりと支えているように思う。

 原田さんはこの作品が持つ表情のひとつひとつを丁寧に、そして明確に表現する演奏で、バッハの多様な世界を存分に味わわせてくれた。バッハが技巧を凝らした部分はそれをくっきりと浮き立たせ、そのメカニニズム(といっては語弊があるかもしれないけれど、事実、19世紀にメンデルスゾーンがバッハを復活させるまで、バッハには「メカニカルな音楽」、「技巧のみに偏った音楽」、「練習曲」といった批判があり、人々から忘れられていた)がよくわかったし、旋律を重んじた部分ではたっぷりと歌って、じっくりと聴かせた。

 これは気のせいかもしれないが、音楽の表情を弾き分けるとき、原田さんご自身の表情も少女のようになったり、聖女のようになったりした。

 シャコンヌで有名な〈3〉は、気迫あふれる演奏だった。何か深い哀しみと、祈りのようなものが伝わってきた。哀しみが深いから、祈りの気持ちも強い。あれはいったい何から来ているのだろうか。
 それはあえて尋ねなかった。
 ぼくたちは音楽から受け取ったものを、そのまま胸にしまっておけばいいのだから。

 原田さんのヴァイオリンの音色もとてもよかった。会場の響きのよさと相まって、繊細かつダイナミックなヴァイオリンならではの音を堪能した。

 後でうかがったところによると、芯の素材にガットを用いた弦を使っているそうだ。一般的なナイロン素材の弦と違い、音程がシビアで、大変な技術と集中力を要する。それでも、音色が美しいので、その弦を使っているという。

 


  〈原田智子プロフィール〉
盛岡市出身。盛岡第一高等学校卒業。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。同大学院修士課程終了。1989〜1990年、国際ロータリー財団奨学生として Royal College of Music に留学。在学中、最優秀の成績にてA.R.C.M.Honoursを取得。
第3回日本室内楽コンクール入賞。1997年東京文化会館でのリサイタルは「音楽の友」誌上でも好評を得る。1998年よりオーケストラ・アンサンブル金沢の団員となる。2000年、金沢にてリサイタル。2001年「平成13年度文化庁派遣芸術家在外研修員」としてドイツに留学。帰国後オーケストラ活動のほか、ソロ・室内楽の分野にも活動の場を広げている。

*めっぽう酒が強い、と付け加えておきたい。

◆このごろの斎藤純

○今月末(24日)に、所属する田園フィルハーモニーオーケストラの定期演奏会がある。マルチェルロのオーボエ協奏曲やバッハのブランデンブルク協奏曲の5番などを演奏する予定で、毎日曜日に練習をしている。いい曲なので、演奏しているほうも気持ちがいい。

ニーノ・ロータ:ヴァイオリン、ヴィオラのための作品集を聴きながら