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◆第176回 盛岡バッハ・カンタータ・フェラインからの贈り物(9.June.2008)

『珠玉のカンタータ〜バッハからの贈り物』
盛岡バッハ・カンタータ・フェライン演奏会
6月1日(日)午後3時開演  盛岡市民文化ホール(大ホール)

 声楽に弱い。相手が器楽演奏なら「音程が甘いな」とか「ボーイングが乱れたな」などと厳しい聴き方をすることもあるのだが、相手が声楽となると、ただただ感じ入るばかりなのだ(つまり、この場合の「弱い」は「甘い」と同義ですね)。
 弱いとわかっているので、なるべく近づかないようにしていた。が、去年1月に聴いた盛岡バッハ・カンタータ・フェラインの『ヨハネ受難曲』が、その縛めを解いた(第143回参照)。
 やっぱり、生身の人間のパフォーマンスに勝るものはない。今回も改めてそう実感した。

〔演奏曲目〕
カンタータ第18番 『雨や雪が天から降るのと同じように』BWV18
カンタータ第187番 『皆 あなたを待ち望んでいます』BWV187
カンタータ第78番 『イエスよ、あなたは私の魂を』BWV78
カンタータ第182番 『天の王よ、歓迎します』BWV182

〔指揮〕
佐々木正利

〔管弦楽〕
東京バッハ・カンタータ・アンサンブル(コンサートマスター:蒲生克郷)

 ソリスト(独唱)の人選に苦労した、と佐々木正利さんがプログラムに書いていらっしゃる。それだけ人材がそろっているということだ。実力者揃いの盛岡バッハ・カンタータ・フェラインの聴きどころは合唱にある。音が深いのだ。
 しかも、ホールを深い響きで満たしながら、それでいて常に静寂を感じさせる。音で満たすのが音楽のはずなのに、どうしてそういうことができるのか、不思議でならない。
 そして、この日、ぼくは『ヨハネ受難曲』のときにはなかった別の何かも感じていた。これをうまく言葉にできないのがもどかしいのだが、語弊を恐れずに言うなら「凄味」と言っていいかもしれない。

 アマチュアの演奏から「凄味」を感じることはまずない(プロの演奏であっても、それを感じることはごくまれです)。もとより、それは必ずしも必要なものでもない。したがって、「凄味」を感じさせればいいというわけでもない。
 それでも、あえて「凄味」を感じたと記しておきたい。それだけ彼らが強い思いを持っているということの証として。また、それが伝わってきたという記録として。

 そんなわけで、これは盛岡バッハ・カンタータ・フェラインからの素晴らしい贈り物であり、記憶に深く刻まれるコンサートとなった。
 佐々木正利さんはプログラムに「後進に道を譲ろうか……」といったことも書かれているが、ぼくのように近年になってから盛岡バッハ・カンタータ・フェラインに接し、新鮮な衝撃を受けたファンも少なくないだろう。今しばらく現役として我々ファンに爽やかな驚きを与えつづけていただきたいものだ。

 そうそう、大切なことを忘れていた。管弦楽も素晴らしかった。ことにオーボエの名演を聴かせてくれた小畑善昭氏の名は特筆しておきたい。

◆このごろの斎藤純

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