この連載では映画について書くことが少ないが、2009年には30本の映画を観た。毎年、だいたい30本前後となる。もちろん、劇場で観た映画だ。私は、DVDやテレビで観たものについては「映画を観た」と言わないのです。
30本の映画のうち、音楽映画といっていいものを挙げてみると、『マンマ・ミーア!』、『路上のソリスト』、『扉を叩く人』、『クララ・シューマン 愛の協奏曲』、『キャデラック・レコード』、『幸せはシャンソニア劇場から』の6本になる。
いずれも見応えのある作品で、落胆させられたものはなかった。近年の傾向として音楽映画に優れた作品が見受けられるような気がしている。CGを駆使した娯楽大作が人気を博しているなかで、まっとうな音楽映画が作られていることはとても嬉しい。
『クララ・シューマン 愛の協奏曲』は若きブラームスと、クララ・シューマンのプラトニックラヴを背景に、シューマンの晩年を描いた伝記的映画。
この手の映画は、事実よりも映画的なおもしろさに重点を置きがちなため、『アマデウス』のように音楽学者が顔をしかめる映画も生まれるが、この映画はおおむね事実に則して描かれているようだ。監督は(なんと)ブラームスの末裔だという。
ということは、子だくさんだったシューマンの末裔もいらっしゃるんでしょうね、きっと。
シューマンの代わりに指揮をするクララの指揮が、合唱などで見られるフィーリング指揮なので驚いた。たぶん、史実に基づいているのだろう。あれでオーケストラがついていけたのも凄い。
この映画には描かれていないが、クララとブラームスは膨大な量の手紙のやりとりがあった。
クララの夫でブラームスにとっては師匠であり、大の恩人でもあるシューマンへの配慮からブラームスは「手紙は焼きましょう」と提案し、クララも同意する。
ブラームスは約束をちゃんと守ったが、クララは違った。実は手紙を焼かなかったのだ(いつの世でも女性というのはそういうものだ)。
後年、その手紙が発見され、そのおかげでブラームスならびにシューマンの研究が進んだという。この映画にもその手紙が反映されているのかもしれない。
『扉を叩く人』は、予告編ではジャンベ(打楽器の名前)が主体の音楽映画のような印象だったが、本編を観たら決してそういうわけではなかった。
移民という社会問題を扱いつつ、心を閉ざしていた初老の教授の変化を丁寧に、しみじみと描いている。こういう映画をつくれるんだからアメリカも捨てたもんじゃないな、と思う。
邦題が素晴らしい。私はしばしば邦題の付け方にイチャモンをつけてきたが、これには脱帽。ちなみに原題は『The Visitor』。日本アカデミー賞に「ベスト邦題部門」があれば、間違いなく受賞だろう。
『路上のソリスト』は事実を下敷きにした映画で、音楽大学に通っているあいだに心の病にかかる「元天才」を演じたジェンミー・フォックスの力演が光っていた。
私の知人のご子息が、将来を期待されるピアニストとして某音楽大学に通っているときに、突如、心の病になった。ピアノに恐怖の眼差しを向け、まるで子どもに戻ってしまったかのように「ママ、ママ」と甘える姿を見て、胸が痛むのと同時に「音楽の怖さ」を思い知らされた。
その彼も今はピアノを弾きはじめているという。
私は「音楽を愛する喜び」を小説やエッセイで表現してきた。音楽を愛する喜びとは、音楽に愛される喜びでもある。さまざまな愛し方があるように、愛され方もひとつではない。そんなことを考えさせられた。
アバの曲を使った愉快なミュージカル『マンマ・ミーア!』のメリル・ストリープには、まいりました!
映画を観ているあいだ、頬の筋肉と涙腺がゆるみっぱなしだった。実は「アバかあ」と乗り気ではなかった。私はアバなんて子どもの音楽だ、と馬鹿にしていたのだ。
アバには謝らなければいけませんね。こういう根っから明るい映画もなかなかあるものではない。
『キャデラック・レコード』は、後にブルーズの名門と呼ばれることになるチェス・レコードを描いた作品。
まだ黒人が差別されていた時代に、白人と黒人の壁を取っ払う役割を果たしたのが音楽であり、チェス・レコードだった。
私はチェス・レコードにはずいぶんお世話になった。なにしろ、最も影響を受けた音楽が、チェスが世に送り出した数々のブルーズだった。
したがって、劇中で流れるブルーズは、どれも二十代はじめのころに組んでいたブルーズ・バンドのレパートリーだ。
ハウリン・ウルフの人物像や、チェス・レコードでのマディ・ウォーターズの重要性をこの映画で初めて知った。リトル・ウォルターがあんなハチメチャな男だったことも知らなかった。
私が観た2009年の音楽映画のうち、最も印象深いのは『幸せはシャンソニア劇場から』だ。これはもう言うことなし。いかにもフランス風の人生謳歌だ。
劇中で歌われる曲(往年の様式を踏まえたシャンソン)が素晴らしかったし、これまた往年のミュージカル映画を想わせる劇中のミュージカル・シーンもはじけていて、楽しかった。
そして、随所で泣かせる。その泣かせ方が、またフランス風なんですね。
というわけで、これだけ娯楽が多様化した時代にあっても映画の魅力は少しも衰えることがない。これからも、おもしろい映画を観つづけていきたい。 |