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◆ 第233回  中空を舞う色彩のグラデーション(4.October.2010)

『百瀬寿展 MOMOSE Hisashi 1970-2010』
岩手県立美術館 2010年9月11日[土]-11月23日[火・祝]

 現役作家で最も人気の高い作家のひとり、百瀬寿さん(盛岡在住)の40年間に及ぶ画業を本展で見ることができる。
 百瀬さんは岩手大学では油彩を学んだそうだが(初期の油彩作品は常設展で見ることができる)、シルクスクリーンやNECOプリントなどによる色彩のグラデーション作品でよく知られている。「西洋の画家がやっていないこと」を模索している中で、油彩から離れ、こんにちのスタイルが築かれていった。金箔や銀箔を使うのも、その考え方が基本にある。

 それは、ある意味で格闘の日々だったに違いない。そして、その格闘は今もつづいている。
 けれども、百瀬さんの作品から格闘の激しさが伝わってくることはない。それとは逆の穏やかさや雅び、幽玄といったものが百瀬作品の魅力だ。

 百瀬さんはさまざまな色を軽々と、自由に使っているように見える。しかし、実際は「軽々と」でも「自由に」でもなく、苦心惨憺、呻吟に呻吟を重ねているのだ。「この色とこの色を組み合わせればきれいだな」という単純なものではない。くどいようだが、決してそうではない。だからこそ、人々の鑑賞に耐えるのだ。
 ただし、その苦労を決して表に出さない。呻吟のあとが作品にあらわれないようにする……そこが凄い。
 私たちは百瀬作品を前にすると(繰り返しになるが)、そこに雅びなものを感じたり、幽玄な雰囲気に浸ったりしつつ、幸福な穏やかさに包まれる。「ああ、百瀬さんも苦労してこのような色使いに到達したんだなあ」ということは絶対にない。

 9月20日に行なわれたスペシャル鼎談の中で百瀬さんは「白黒は楽なんですよ」とおっしゃった。
 これは意外だった。私たちは日常、総天然色の世界を生きている。その総天然色の世界を、たとえば水墨画などは白黒(灰色)で描く。それは現実とは異なる色の世界だ。
 だから、白黒の世界は難しい……と私は思いこんでいた。
「白黒は楽なんですよ」とは、色彩のグラデーションを追求している百瀬さんならではの言葉だ。その「楽な道」に行かず、百瀬さんは色彩の組み合わせに今日も呻吟されているはずだ。

 なんだか理屈を並べてしまったが、百瀬さんの作品に囲まれて幸福な気分を味わうのが正しい鑑賞の仕方だと思う。
 岩手県立美術館の企画展示室に足を踏み入れると、まわりの空気に百瀬カラーが融けて、漂っていた。こんなことを経験するのは初めてだった。

◆このごろの斎藤純

○10月12日(午後7時開演)、盛岡市民文化ホール小ホールで、ギターと弦楽三重奏のコンサートがあります。
 出演は、盛岡市出身でNHK交響楽団に所属しているヴァイオリニストの鈴木弘一さん、同じくNHK交響楽団のヴィオリスト小畠茂隆さん、東京都交響楽団の首席チェロ奏者である田中雅弘さん、そして我が国を代表するギタリストの鈴木大介さん。曲はフランセの弦楽三重奏曲、パガニーニのギター四重奏曲第9番などです。
 チケット(3000円、ペア券5000円)はマリオスインフォメーション、カワトクデパートでお求めください。

イザイ:管弦楽集を聴きながら