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◆ 第254回 猫の画家、高橋行雄展を観る (8.August.2011)

 岩手町立石神の丘美術館に芸術監督として迎えられたときから、いつか開きたいと思っていたもののひとつが「猫の絵」だけの展覧会だった。
 猫は古今東西、多くのアーティストによって描かれている。だが、網羅的にやっても石神の丘美術館の規模では中途半端なものにしかならないだろう。言うは易しの類で、これは一見簡単そうで、実は難しい企画かもしれないとも思っていた。
 それが今回、『猫の画家 高橋行雄展』として意外にも早く実現することができた。

 私が高橋行雄さんの作品と出会ったのは、ずいぶん前のことだ。盛岡市内の老舗わんこそば店に高橋さんの作品がたくさんあり、そこで出会っている。ところが、高橋さんが好摩のご出身であることを、私はつい最近まで知らなかった。この行幸があって、本展は実現した。

 高橋行雄さんはさまざな点でユニークな画家といっていい。まず、猫だけを描きつづけていることが挙げられる。猫も描く画家はたくさんいるが、猫だけを描いている画家は少ない。
 画材にも特長がある。高橋さんの作品の多くは鉛筆で描かれている。日本では鉛筆による絵は「素描」と呼ばれ、「作品」として扱われないという傾向が強い。それでも、ご自分のスタイルを貫き通している。さらに言うと、日本では「西洋画」と「日本画」という分類があるのだが、高橋さんの作品は最初から分類されることを拒んでいる。
 この点について、高橋さんにうかがったところ、技法は西洋画かもしれないが、基本は日本画に近いということがわかった。

 高橋さんの作品は改めて言うまでもなく、わかりやすい。そして、観るものを優しい気持ちにさせる。しかし、わかりやすい絵というのは曲者(くせもの)なのである。
 たとえば、モダンアートなどの場合は「いったいこれは何を描いているのだろうか」とか「これでも芸術といえるのだろうか」と考える。
 ところが、高橋さんの絵を前にして、そのように考える人はいないだろう。「かわいい猫の絵だ」というだけで通りすぎてしまいかねない。
 もちろん、それでもいい。けれども、せっかく美術館というスペースで、90点もの作品が観られるのだから、もう一歩、作品の内側に踏みこんでいただきたい。
 高橋さんの作品は、その穏やかな作風の向こう側に、東北人ならではの強い自我がある。そんなところにも気づいてほしい。

 ある美術関係者が、「この方は美人画を描きたいのではないだろうか」という感想を洩らした。これには驚かされた。高橋さんは「女性の肖像」からスタートし、今に至っている。観る人が観れば、絵というものは実に多くを物語っているという好例だろう。

 さらに付け加えると、明治期以降の文学や美術のモダニズムの潮流において東北出身者が果たした役割は決して小さくない。高橋行雄さんは萬鉄五郎、松本竣介、舟越保武、村上善男といった「北東北のモダニズム」の系譜につらなる画家の一人であると私は考えている。
 地域に密着した美術館として、町の全人口を遥かに上回る年間2万人もの来館者で賑わう岩手町立石神の丘美術館で、好摩出身の高橋行雄展を開催できることを私は誇りに思っている。

好摩出身 猫の画家
高橋行雄展

2011年7月30日(土)〜9月4日(日)
開館時間/9:00〜17:00(入場は16:30まで)

*会期中の休館日はありません
*7/30(土)は、正午より一般公開いたします

観覧料金:一般300円/大・高生200円/中学生以下無料

*本展チケットで屋外展示場もご覧いただけます
*20名様以上の団体は2割引きになります
*75歳以上の方は5割引きになります
*障害者手帳、療育手帳、精神障害者手帳の交付を受けている方は5割引きになります

◆このごろの斎藤純

〇盛岡市内には、東日本大震災で被災した沿岸地域から、およそ600世帯の方が避難あるいは転居しています。ふるさとを離れているわけですから、多くの不安や困難を抱えられていることと思います。盛岡市では、市内に避難している方にふるさとの情報を提供するとともに、コミュニケーションの場としてご利用いただける復興支援センターを開設しました。私が副代表をつとめているボランティア団体SAVE IWATEがこの事業を受託することなり、センター長をおおせつかりました。
 被災したふるさとを離れて盛岡で暮らしていても、復興を願う気持ちは同じです。復興支援センターでは、みなさんと心をひとつにして、微力ながら復興に力を尽くしていきたいと思っています。

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