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◆ 第257回 目で見る詩(藤井勉展を観る) (11.October.2011)

『藤井勉展 ―生命と大地―』
岩手町立石神の丘美術館
2011年9月17日〜11月6日

 2009年の春、石神の丘美術館の芸術監督に就任した直後に私は藤井勉さんを訪ね、展覧会の相談をもちかけた。藤井さんはその場で快諾してくださった。
 会期もそのときに「2011年の秋にやりましょう」と決まったように記憶している。
 そして、東日本大震災が起きた。

 藤井勉さんは震災直後から、沿岸の知人に物資を運ぶなど、支援活動をなさってきた。ことに陸前高田とは、キャピタルホテル1000のロビーに藤井さんの大作「風と潮の神話」がかけられていて、多くの市民に親しまれてきたという縁があった。
 その「風と潮の神話」も津波で流され、行方不明となった。
 支援活動中に藤井さんはホテルの関係者から「藤井先生に描いていただいた大切な絵が流されてしまいました。申し訳ない」といわれたという。命からがら生き延びることができ、食料もままならない時期だった。そんなときに作品のことを気にかけてくれたことに藤井さんは逆に感謝の思いを抱いた。
 それが、「風と潮の神話」再制作のきっかけだった。陸前高田が復興したとき、その作品を藤井さんは寄贈するつもりだという。

 石神の丘美術館で開催中の『藤井勉展』に、再制作中の「風と潮の神話」が特別展示されている。画家は未完の作品を公開することをめったにしないものだが、今回は特別に公開をお許しいただいた。震災と向き合う藤井さんの姿を、未完の絵を通して分かち合うことができるのではないか、と思っている。

 藤井さんは改めて言うまでもなく、性別年齢を問わず、多くのファンに愛されている。そして、多くの方が美術館での展覧会を待ち望んでいらっしゃった(その中には私自身も含まれる)。来館者から口々に「よくやってくれた」と感謝の言葉を聞くたびにそのことを強く感じる。「岩手県立美術館がいつかやってくれると思っていたのに……。とうとう石神の丘美術館がやってくれた。本当にありがたい」という声も少なくない。私たちスタッフにとって「ありがたい」とか「ありがとう」と言われることくらい嬉しいことはない。

 藤井さんの絵の人気の秘密はどこにあるのだろうか。
 まず、わかりやすいということが挙げられる。優れた芸術は、性別や年齢などを超えて、受け入れられるものだ。そして、その静謐な画面からは木々の間を吹き抜ける風やせせらぎの音が聴こえてくる。
 それらは岩手で暮らす私たちにとって馴染み深い自然である。藤井さんの絵は都会の人々に北国の清冽な自然をたっぷりと届けてくれる。
 おしまいにもうひとつ、私は心密かに藤井さんを「絵で綴る詩人」と呼んでいる。一枚の絵が、まるで一冊の詩集のように多くを語りかけてくる。

 めったに見ることのできない大作を中心に、初期の作品も展示している。ぜひ足をお運びいただきたい。

◆このごろの斎藤純

〇酷暑の夏がようやく終わったと思ったら、急に寒くなった。夏があまりにも暑かったせいかもしれまないが、中間のちょうどいい気候が省略されて、突然に晩秋が訪れたような気がしてしまう。つまり、自転車やオートバイが気持ちいい季節を経ないまま冬に向っているわけで、とても寂しい。

Places & Spaces/ドナルド・バードを聴きながら