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◆ 第283回  賢治の魂に触れる音楽祭(5.NOV.2012)

花巻市文化会館で開催された「宮沢賢治記念館30周年記念 宮沢賢治音楽祭」に行ってきた(10月19日、午後6時30分開幕)。
賢治の実弟清六さんのひ孫に当たる宮澤香帆さん(花巻北高校3年)のバイオリン演奏による「星めぐりの歌」で開幕、第1部では若葉小学校、花巻小学校、花巻中学校、花巻農業高校による合唱で賢治作品が披露された。中でも、花巻農業高校の応援歌は初めて聴いた。
花巻小学校による詩の朗読(詩劇というのだろうか、独特のアレンジがとてもよかった)、地元「劇団らあす」による「セロ弾きのゴーシュ」抄演も素晴らしかった。
第2部「光のコンサート」では、チェリストの藤原真理さんが、ピアニストの倉戸テルさん、いわてフィルハーモニー、金星少年少女オーケストラのメンバー30人らと共演した。
いわてフィルを率いる指揮者の寺崎巌さん(この方は宮沢賢治の弟子のひとりと言っていいと思う)が賢治とクラシック音楽のエピソードを紹介しながら進行する。その内容の深さに私は感心しながら、この音楽祭を思う存分に楽しんだ。
藤原真理さんは2006年にも賢治のチェロを弾いている。その際に「楽器は弾いていないと駄目になります。わたくしが日本にいて、他の本番と重ならないかぎり、お手伝いで伺い、ミニ演奏会と楽器チェックが毎年実行できないか、考えてもらおうと思います」とおっしゃっていたが、実現できないまま6年が過ぎたことになる。宮沢賢治記念館では、チェロが老朽化していることから「門外不出」とし、ガラスケースの中に「保管」する方針に決めたのだ。
ところが、楽器の場合は「保管」のつもりが逆になることが少なくない。楽器は仕舞いこんでは「保管」にならないのだ。たとえば、世界中の珍しい楽器や歴史的な名器を収蔵しているメトロポリタン美術館の楽器館では専門の担当者がいて、毎日、ちゃんと楽器を鳴らしている。ここに収蔵されている楽器はいつでも現役の楽器として使える状態に保たれている。
宮沢賢治記念館の決定は「保管」ではなく、「死蔵」を意味していることがおわかりいただけるだろう。さらに残念なことに、宮沢賢治記念館で賢治のチェロが展示されている場所は西日が射し、ガラスケースの中のチェロに直射日光が当たる。少しでも弦楽器をかじったことがある方なら、これがどんな悪条件かすぐに理解できるだろう。
実は6年前にも上記について新聞紙上で私は指摘しているのだが、宮沢賢治記念館からの反応はなかった。
今回、特別な配慮によって、賢治のチェロの響きを私たちは聴くことができた。これを一番喜んでいるのは天国の賢治だと思う。このチェロは「おらのカカ(妻)だもす」というほど大切にしていたチェロを、親友の藤原嘉藤治に貸していたおかげで、空襲による焼失をまぬがれた。宝物として仕舞いこんでは、この賢治の精神が伝わらないだろう。
賢治のチェロの今後を見守っていきたい。
◆このごろの斎藤純
〇今年の紅葉はいつにも増してきれいだという声を聞く。私もそう思う。もっとも、樹木にもいろいろと都合があるのだから、「今年は今いちだ」とか「きれいだ」などというのは、よけいなお世話なのだが。
ヘンツェ:交響曲第10番を聴きながら