長いこと音楽を聴いたり、絵を観たりしていると、ときに何か運命的と言いたくなるような出会いを経験する(運命的とはいえ、それはあくまでも受け手側である僕からの一方的な言い分なので恥ずかしくもあるのだけれど)。
ザオ・ウーキーを初めて観た。展覧会場に入って作品が目に入ってくるや否や、分析、判断、批評などにまったく時間を要さず、僕は一瞬にしてザオの世界に包まれた。「いやあ、今日まで生きていてよかった」と少しも大袈裟ではなく、素直にそう思った。
ザオ・ウーキーの作品は抽象画なのに、風の動き、波しぶき、雲の流れ、森の息吹が感じられる。タイトルには完成した日付だろうか「24.02.70」とか「15.04.77」という数字が付けられていて、決して風景画とはいっていない。にもかかわらず、それはまぎれもなく、風景画だ(という決めつけもザオ本人は否定するかもしれない)。
セザンヌの水彩画を墨で模写したことがある。それはまるで室町時代の水墨山水画のようになった。
逆に水墨画を水彩で描いたら面白いだろうな、とも思いつつまだ果たしていない。水墨の山水画は、紙の白と墨の濃淡で風景を描く独特の世界なのだが(現実に我々はフルカラーの風景を目にしているわけで、モノクロの風景というのは画家が頭のなかで再構築したものになる)、それに色を着けてしまおうというアイデアだ。
乱暴な言い方をするなら、ザオのタブロー(油彩作品)は上記のアイデアに近い(ご本人が聞いたら怒るかもしれないけど)。それも、南画風の山水画ではなく、没骨法(線描をしない描き方)を用いた抽象的な山水画だ。
もう少し水墨画との関連に言及しておくと、絵の具を盛り上げてギザギザを描いた部分は、画仙紙の繊維や皺に見える( 実際、目の荒い和紙に絵を描くと、そういうギザギザ模様が出る)。
しかし、これは僕の勝手な見方にすぎない。なにしろ、僕はセザンヌの水彩画に雪舟の影響を見るという具合に、好きなものを結びつけたがる傾向がある(ザオがセザンヌとマティスからスタートしているのは僕の見方が直感的に当たっていたともいえないでもないが)。
また、古代壁画や象形文字といったモチーフも随所に見られる。それら何を意味しているのかザオ自身は語っていないので、イコノロジーを駆使して読み解くのも面白いかもしれない。
冒頭に「ザオの世界に包まれていた」と記した。岩手県立美術館の大野正勝学芸員も「ザオ・ウーキーの作品は人とかかわりを持たせるというか、吸引力のあると言うのか、とにかく人を惹きつける力を持っている」とおっしゃる。
いったい、ザオ・ウーキーの何が我々を虜(とりこ)にするのか。ザオの作品に見られる東洋的な要素は大きな理由のひとつだろう。けれども、ザオは欧米でも高い評価を得ている(最初にザオを評価したのはフランスだった)。決して東洋だけの美術家ではない。
東洋と西洋の真髄がザオの作品には結実している。だから、東洋も西洋も問わず、普遍性を持っているのかもしれない。
とかく現代美術は「人をよせつけない」ものが多い。ザオの作品はその対極にある。
もっと早く出会っていたかった。が、もしかするといい時期に出会ったともいえる。もっと早く出会っていたら、そのよさをわからずに、通りすぎてしまっていたかもしれない。
ザオ・ウーキー(趙無極)は1921年北京に生まれた(趙一族は宋王朝家の末裔という名家)。1948年からフランス在住。参考までに記しておくと、レジオン・ドヌール賞、高松宮殿下記念世界文化賞などを受賞している。
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