トップ > 目と耳のライディング > バックナンバーインデックス > 第285回



◆ 第285回  英国の水彩画を観る(3.DEC.2012)

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中(12月9日まで)の『巨匠たちの英国水彩画展』に出かけてきた。
私は油絵よりも水彩画が好きだ。水彩画はデッサンに分類され、油絵より低く見られがちだが、日本人は古くから墨や顔彩に馴染んできた。なにしろ、仏教写本の絵巻『絵因果経』は奈良時代の作品だというから、世界最古の水彩作品といわれている『ケルズの書』(9世紀はじめにアイルランドで制作された福音書)よりも古い。『源氏物語』も分類すれば水彩画による絵巻だ。
日本人は水彩画をひとつの確立した芸術として昔から認めてきた。水彩画を低く見るのは、明治以降に入ってきた西洋の価値観だろう。
イギリスもまた水彩画をひとつの確立した芸術として早くから認めてきた国で、観るべき作品がたくさんある。
ただ、水彩画で使われる絵の具は光線の影響で色褪せしてしまうため(展覧会場で水彩画のところだけ照明が暗いのはそのためです)、保存が難しく、巨匠の作品を観る機会が油絵と比べてそう多くない。私たちは子どものころから水彩画に親しんでいるというのに、鑑賞の機会が少ないというのはちょっと奇妙な現象ではある。 江戸時代に興隆をきわめた浮世絵は版画が主流だったが、肉筆画もあった。これも水彩画のひとつだ。
で、前にも書いたことがあるように、肉筆の浮世絵を目にできる機会は、印象派の絵画を観る機会よりもずっと少ない。私たちは日本の伝統文化に触れる機会に恵まれていないということを改めて確認しておこう。
本題に戻ると、この展覧会のためにマンチェスター大学ウィットワース美術館から150点の作品が日本にやってきた。これほどまとまった数の水彩画の展覧会は珍しい。数だけではなく、ターナーをはじめとする巨匠の作品が揃っている。
水彩画といっても、さまざまなジャンルがある。私などはすぐに風景画を連想するのだが、ほかにも肖像画もあれば歴史画もあるし、静物画もある。また、風景画にも空想(あるいは理想)の風景を描いたものもあれば、実景を描いたものもある。
日本でも山水画(風景を描いた水墨画)が実際の風景ではなかったように、ヨーロッパでも当初は実景を絵の題材とはしなかった。水彩画の本格的な風景画があらわれるのは、18世紀に入ってからだというから、西洋美術の歴史の中では浅い。
水彩画は風景ひとつ描くにしても、多様な表現の可能性を持っている。建物を描いた水彩画は、写真が登場する前の時代において重要な記録だった。やがて、水彩画ならではの「にじみ」や「ぼかし」を活かした画風がターナーによって確立されていく。ターナーは大胆な省略や強調を用い、後の印象派につづく道を開いた。
しかし、水彩画の多様な表現が本格的に開花したのは20世紀に入ってからと言っていいだろう。
本展は18世紀から19世紀にかけての水彩画が中心だったので、20世紀の水彩画の展覧会を観たいと強く思った。
◆このごろの斎藤純
〇この文章がみなさんの目に止まるころは、恒例の盛岡文士劇も終わり、ホッと一息ついているはず(ドッと疲れているはずでもある)。
〇今年の大きなイベントは、私がギターで参加しているジプシースィング・バンド「ホットクラブオブ盛岡」のライヴを残すだけとなった。
ジプシースィングは、第二次世界大戦の前後にパリで生まれたジャズで、ジャンゴ・ラインハルトがその創始者だ。超高速で弾く生ギターと、どこか日本人の琴線に触れる旋律に魅力がある。場所は盛岡市菜園のジャズスポット「S」で、12月16日(日)午後7時スタート。料金は1500円。
今年は「いしがきミュージックフェス」や「定禅寺ストリートジャズフェス」にも出演しましたが、その活動の一年を締めくくりとなる演奏をお届けしようとメンバー一同張り切っている。ぜひお越しください。
ちなみに「S」は宮古にあった名店ですが、津波の被害を受け、盛岡で再起しました。とてもいいお店ですので、ぜひ応援してください。
クライスラー:弦楽四重奏曲を聴きながら