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●コンサートや展覧会の感想をここに記しています。
私は音楽も美術も専門的な教育を受けたことはありません。ただ好きで観たり聴いたりしているだけです。だから、評論の場ではないことをお断りしておきます。
地元の方の芸術に触れるとき、私は「北東北のモダニズム」ということを意識しています。この場もその探求のひとつと受け取っていただければ嬉しいです。トンチンカンなことが書いてあっても、大目に見 許してください。
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◆第405回  夢のようなコンサート(11.Dec.2017)

 まさか盛岡でアート・ガーファンクルを聴けるとは夢にも思っていなかった。11月8日のキャラホールでのコンサートから一カ月あまりが過ぎた今でも、何だかあのひとときは夢だったような気がする。
 私が初めてアート・ガーファンクルを知ったのは、映画『卒業』のサウンドトラックだった。サイモン&ガーファンクル(S&G)のそれまでの持ち歌(オリジナル曲)に「ミセス・ロビンソン」などの新曲を加え、映画の中でとても効果的に使われた。1967年の作品だが、日本ではその翌年の1968(昭和43)年に公開されている。当時、盛岡では東京より半年から1年遅れて公開される作品も多かったから、私が国劇で観たのは1969(昭和44)年だったかもしれない。私は12歳だった。
 映画『卒業』は現在では倫理的にいろいろと問題があると思うが、私にとってはその後の一生を左右するほどの影響を受けた大切な作品だ。12歳であの映画を好きになったというのは、いかにも早熟だが、私はそういう少年時代を過ごした。
 そして、私が初めて自分の小遣いで買ったアルバムが『サイモン&ガーファンクル グレーテストヒットII』だった。
 アート・ガーファンクルはサイモン&ガーファンクルとしての活動のほかにソロでも活動してきた。「瞳は君ゆえに」や「ハート・イン・ニューヨーク」などのヒット曲がある。しかし、私にとってはやはりサイモン&ガーファンクル時代の名曲・名演の数々が忘れがたい。
 コンサートは「4月になれば彼女は」で始まり、「ボクサー」、「エミリー・エミリー」、「スカボローフェア」などサイモン&ガーファンクルの代表曲を聴くことができた。最後の曲は「明日に架ける橋」だった。
 ギターとキーボードというシンプルなバックで、しかもキーボードは「ここぞ」というときだけだったから、ほとんどギター1本による伴奏だった。3フィンガー中心のギターがとてもよかった。アートの歌声はもちろん年齢相応に枯れているが、それはそれでまた別の味があった。
 サイモン&ガーファンクルの曲は、ポール・サイモンとのハーモニーも聴かせどころだが、ハーモニーがなくても物足りなさを感じることはなかった。
 アートは客席全体に聴かせるというのではなく、客席にいる私たち一人一人に語りかけるような歌い方をする。1000席の客席を埋めた満員の聴衆がアート・ガーファンクルの歌声でひとつになった。あの包容力は、さすがというほかない。
 曲と曲の間のトークも、私たちにより親密さを感じさせた。アートが丁寧かつ熱心に話す内容をちゃんと理解できる語学力を私が持ち合わせていないのはかえすがえすも残念だった。
 特筆しておきたいのは、盛岡の聴衆のマナーのよさである。アートが歌いだすときに拍手は起きず、その歌声を少しも聞き漏らすまいと静まりかえった(この光景は、ジョアン・ジルベルトの初来日公演を思いださせた)。そして、曲が終わると大きな拍手が送られる。アンコール時の自然なスタンディングコールもみごとだった。
 近年、盛岡でも海外の大物ミュージシャンのコンサートが開かれるようになった。今回のアート・ガーファンクル、そしてジェフ・ベックやサンタナなどがその代表的な例だ。これは招聘元に盛岡出身の「やり手」の方がいるおかげだと聞いた。けれども、それだけでは難しいわけで、やはり盛岡の聴衆の熱心さを忘れてはならないだろう。
 今年はジュリー(沢田研二)のコンサートも聴けたから、私にとってはとてもいい年だった。
〈このごろの斎藤純〉
〇今年も無事に盛岡文士劇を終えることができました。ありがとうございました。チケットが入手できなかった方はお正月のテレビでお楽しみください。
S&G:ライブ・フロム・ニューヨーク・シティ1967を聴きながら


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