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目と耳のライディングバックナンバー

◆第353回 デビュー30周年を迎えた小山実雅恵さんのラフマニノフを聴く (13.Oct.2015)

 昨秋、あるクラシック音楽関係者と東京でお目にかかったとき、小山実雅恵さんのことが話題になった。その方は「小山さんは日本の宝です」とおっしゃった。何だか私は誇らしいような気持ちになった。
 その小山実雅恵さんがデビュー30周年を迎え、岩手に「帰って」いらした(岩手県民会館大ホール、10月6日午後6時30分開演)。プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。管弦楽は読売交響楽団、指揮は下野竜也。
 ラフマニノフは交響曲第1番の初演(1887年)が失敗して以来、鬱状態に陥り、実に3年間も作品を完成できなかった。精神科医のニコライ・ダーリによる治療の効果もあって回復すると、ピアノ協奏曲第2番を完成させ、1901年に自身のピアノで初演、大成功を収める。ちなみに、交響曲第1番は当時の演奏に問題があったとみるべきで、その証拠にラフマニノフ没後に再評価され、今日では重要な作品となっている。
 ラフマニノフは最後のロマン派といっていいだろう。そのため、20世紀半ばには時代後れ、保守的と評された。が、20世紀後半になっていっきに再評価が進み(ポップスの領域で「ヴォーカリーズ」がヒットしたことも大いに関連していると思う)、名声を回復する(とはいえ、ピアノ協奏曲第2番に比べてピアノ協奏曲第3番はまだ演奏される機会が少ない)。
 ラフマニノフは超絶技巧を持つピアニストでもあった。ピアノ協奏曲第2番は大変な難曲で、手が大きくないと楽譜通りには弾けないところもある。オーケストレーションもみごとで、肝心のピアノがかすんでしまうようなところもある。つまり、オーケストラがピアノ伴奏に止まっていない。だから、ピアニストとオーケストラがしっかり結びつかないと、この作品は形にならない。
 小山さんは硬質なタッチでスケールの大きい難曲を堂々と弾ききった。この曲はロシアの大地(風土)がみごとに表現されているうえに、ロシア人独特の憂鬱とそれと相対するような蛮勇のようなものが潜んでいる。それらが目の前に立ち上がってきた。
 そして、この日の演奏は読売交響楽団の集中力がすごかった。いったいなにごとが起きているのか、と私は身震いをしたほとだ。小山さんの第二の故郷でこの難曲を成功させたいという楽団員みんなの思いが演奏から溢れてくるようだった。
 難を言うなら、その思いが熱すぎたためか、ピアノがオーケストラの音で聴こえなくなることが少なくなかった。
 でも、あんな密度の濃い演奏はめったに聴けるものではない。私は心の底からの拍手を送った。
〈このごろの斎藤純〉
○今年は紅葉が早いようだ。それに、色づきもいい。私は一足先に須川岳(栗駒山)の紅葉を愛でてきた。八幡平も歩いてみたいと思っている。
○盛岡文士劇の稽古が始まっている。女形の特訓がつづいているため、私が内股で歩いているのを目にしても笑わないでいただきたい。
ドニー・ハサウェイ:イン・パフォーマンスを聴きながら