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目と耳のライディングバックナンバー

◆第362回 人間讃歌「第九」を聴く (22.Feb.2016)

 待望の岩手フィルハーモーニーオーケストラ第5回定期公演(岩手県民会館大ホール、2016年2月11日午後2時開演)はとてもいいコンサートだった。
 東日本大震災によって多くのものを失った一方で、私たちは文化の意味、文化の力を教わった。いわてフィルハーモニーオーケストラは震災を機に結成され、被災地での文化支援活動を機軸にしながら、意欲的な定期公演を継続するなど、岩手の音楽文化の向上に寄与し、第4回ウィーンフィル&サントリー音楽復興祈念賞を受賞している。
 そのいわてフィルが震災5年目の節目の年に、満を持してベートーヴェンの交響曲第9番(通称「第九」)に取り組んだ。このコンサートは被災県からの文化発信を通して、哀悼の意を表するとともに復興への思いを新たにするという大きな意義がある。指揮棒を振った寺崎さんは大きな被害を受けた宮古市出身だ。
 「第九」の前にシベリウスの交響詩「フィンランディア」が演奏された。この曲のもとのタイトルは「フィンランドは目覚める」だった。この作品がロシア圧政下のフィンランドにおいて、独立を目指す人々をどれだけ鼓舞し、励まし、勇気を与えたことか。その力を恐れたロシア政府は、この曲の演奏を禁じたほどだった。音楽の持つ力を如実に伝えるエピソードだが、そのような歴史的背景を知らなくても、この曲を聞けば、納得することだろう。寺崎さんの得意とするレパートリー(私も矢巾町田園フィルハーモニーオーケストラに所属していたときに寺崎さんの指揮でこの曲を演奏している) であり、この日の演奏も「第九」のための指慣らしというような甘いものではなく、気迫と精気に溢れていた。
 さて、ベートーヴェンの「第九」はクラシック音楽史上の最高傑作であるばかりでなく、もはや音楽という枠を超えて人類の誇るべき遺産だと言っていい。前回紹介したブラームスの「ドイツ・レクイエム」が人類の鎮魂歌であるのに対して、ベートーヴェンの「第九」は人類の讃歌だ。人々を鼓舞し、励まし、明るい希望の思いを胸に抱かせるという意味ではシベリウスの「フィンランディア」と通底するものがある。
  今回はソプラノに野田ヒロ子さん、アルトに黒木香保里さん、テノールに澤田薫さん、バリトンに関口直仁さんという岩手ゆかりのソリストを迎え、一般公募による合唱団150名(合唱指導は小原一穂さん、合唱副指導は佐々木幹雄さん)と一体感溢れる熱演を聴かせてくれた。いわてフィルの切れ味のいい演奏も印象的だった。オーケストラがグローバル化して個性がなくなってきたという声をよく聞くが、いわてフィルは「岩手の響き」を持っているような気がした。こんなに爽やかな風が吹きわたる「第九」を私は初めて聴いた。
 ちなみに、「第九」についてはバックナンバー第236回第237回第239回もご参照いただければ幸甚です。
 アンコールにはオーボエが主役の「ガブリエルのオーボエ」が演奏された。エンニオ・モリコーネが映画『ミッション』のために書いた作品だ。
 歌心溢れるオーボエ・ソロを聴かせてくれた戸田智子さんはこの夏からドイツに留学される。終演後にご本人にお会いすると、「パワーアップして帰ってきます」と目を輝かせていた。将来が楽しみだ。
 なお、この公演は13日に宮古市民文化会館大ホールでも行なわれた。宮古で「第九」が演奏されたのは25年ぶりとのこと。
〈このごろの斎藤純〉
○朗読劇「あの日の海」(アートサポートセンター風のスタジオ、2月14日午後2時開演)は座席を追加するほどの大盛況だった。この場を借りてお礼申し上 げます。劇中で使う曲の選曲を担当したのだが、ちょっとだけ出演することにもなり、私一人だけ警察官の衣装を付けるという「特典」に恵まれた。出演者それ ぞれがハマり役で、演じていても楽しかった。
トラフィック:ゴールドを聴きながら