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目と耳のライディングバックナンバー

◆第373回 グランマ・モーゼスが描くアメリカの原風景(8.Aug.2016)

 75歳ころに油絵を描きはじめ、101歳で亡くなるまでアメリカの「心の風景」を描きつづけた女性画家……それがグランマ・モーゼスである。日本ではまとまって紹介される機会が少なく、あまり知られていないが、アメリカでは国民的画家として親しまれている。仙台市のカメイ美術館で『グランマ・モーゼスと花の絵画展』が8月2日から始まった。おそらく東北でこれだけまとまった数のグランマ・モーゼスが見られるのは初めての機会だろう。
 グランマ・モーゼスは1860年に生まれた。日本では安政7年、すなわち万延元年にあたる。日本も激動のときを迎えようとしていたが、アメリカではこの翌年に南北戦争がはじまっている。グランマ・モーゼスは世界恐慌、第二次世界大戦の時代を生き、1961(昭和36)年、ジョン・F・ケネディが大統領に就任した年に亡くなった。アメリカが大々的に発展し、経済大国となっていった黄金時代を生きたわけだ。
 だが、グランマ・モーゼスは、経済大国となっていく故国の姿とは違うものを見ていた。彼女が見ていたのは、失われていくアメリカの原風景と言ってもいいだろう。そして、それを独学で身につけた油絵で残そうとした。
 グランマ・モーゼスが描いたのは、アメリカの田舎の風景だった。農家のまわりには花が咲き、馬車が道を行き来している。それは、75歳で絵筆を握ったグランマ・モーゼスにとっては記憶の中のアメリカだった。
 牧歌的な風景を、正規の美術教育を受けていないグランマ・モーゼスは素朴なタッチで描いている。表現技法は稚拙だが、その絵からは「優しさ」と「慈しみ」がダイレクトに伝わってくる。描かれているのはアメリカの風景なのに、日本人である我々も懐かしさを感じる。不思議なことだが、何か普遍的な要素を持っているのだろう。だから、この絵にはアメリカ人でなくても、多くの人が共感を抱く。
 この展覧会は2014年秋に宮城県美術館で開催された『ひまわり』展と同様、カメイ美術館と東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館が東日本大震災復興支援を目的に協力して実現した。とかく文化が後回しにされがちな復興の流れの中で、心の復興を美術によって支援しようというものだ。
 私は開幕前日のレセプションに招かれ、一足先にこの展覧会を拝見することができた。レセプションには東日本大震災の復興に邁進されてきた村井宮城県知事、奥山仙台市長らの姿もあり、盛会だった。
 私がグランマ・モーゼスと初めて出会ったのは、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館の前身である安田火災東郷青児美術館で1990年代のことだったと思う。「アメリカのルソー」と私は記憶した。以来、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館へ行くたびに常設されている作品を見てきたが、このようにまとまった数を見るのは初めてだ。一度に何枚も見ることによって作家の本質がより鮮明になる。そういう意味でもこの展覧会は見応えがある。
 しかも、カメイ美術館が所蔵している梅原龍三郎、林武、藤田嗣治ら我が国の近代美術に大きな足跡を残した巨匠たちが描いた花々も一堂に会している。「心の復興」を願う気持ちが伝わってくる展示だ。
 『グランマ・モーゼスと花の絵画展』(東日本大震災復興支援)はカメイ美術館(〒980-0022 仙台市青葉区五橋1-1-23 電話022-264-6543)で10月2日まで。入館料は一般500円、65歳以上中学生以下は無料。
〈このごろの斎藤純〉

○岩手町立石神の丘美術館で、いよいよ『斎藤純と旅する ぶらり北緯40°』展が始まりました(9月11日まで)。入館料(一般300円)には24ページのリーフレット(私の書き下ろしエッセイ=400字詰め換算で50枚)代も含まれています。レストラン石神の丘ではコラボレーション・メニューの「ぶっかけ北緯40度うどん」を用意しました。また、産直では北緯40度のご当地サイダーを各種用意しています。ぜひ、足をお運びください。


三善晃:弦楽四重奏曲第1番を聴きながら