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目と耳のライディングバックナンバー

◆第384回 聖なる夜に聖なる響きを聴く(30.Jan.2017)


 クリスマス・イブの前夜、盛岡市民文化ホール恒例のパイプオルガン・プロムナードコンサート「クリスマス・チャリティ」があった(12月23日、午後5時開演)。
 パイプオルガンを持つホールはそう珍しくなくなったが、20年ほど前までは本物のパイプオルガンの音を聴くことなど夢のまた夢だった。
 もっとも、ホールによっては「持っている」というだけで、1年に1回弾かれるかどうか、というところもある。いや、そういうところのほうが多いかもしれない。
 盛岡市民ホールでは専属オルガニストがいて、市民講座も開催され、その発表会も定期的に行うなど活発に利用されている。盛岡程度の規模の都市では希有な例といっていいだろう。
 だから、今回でなんと72回を迎えるパイプオルガン・プロムナードコンサートはとても人気があり、たくさんの聴衆が詰めかける。今回は入場料は無料だが、クリスマス・チャリティと銘打って寄付を集めた。
 出演はパイプオルガンの渋澤久美さん(2006年から盛岡市民文化ホールオルガニストをつとてめいる)とチェロの三浦祥子さん(ラトゥール・カルテット、いわてフィルハーモニーオーケストラを中心に活動している。この連載にはしばしば登場していて、第383回で取り上げた創作オペラ『ゴーシュ』でも演奏を担当している)で、デュオとソロを演奏した。実はチェロとパイプオルガンという組み合わせは珍しい。
 プログラムを解説付きで紹介しよう。
【1】バッハ:「目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ」BWV.645
ヨハン・セバスチャン・バッハの教会カンタータ140番のコラールを、オルガン用にバッハ自身がアレンジした曲。しばしばバッハは自作曲を転用(使い回し)、編曲している。
【2】ジャゾット:アルビノーニのアダージョ
プログラムにはアルビノーニ作曲・ジャゾット編曲と記載されているが、こんにちではジャゾットの曲として認知され、「アルビノーニのアヴェ・マリア」という曲名で親しまれている。
【3】ピアソラ:アヴェ・マリア
アルゼンチン・タンゴの奇才アストル・ピアソラ(作曲家、バンドネオン奏者)は、クラシックとタンゴの境界をなくした。間違いなく20世紀の重要な作曲家の一人だろう。
【4】ヴァヴィロフ(長谷川恭一編曲):カッチーニのアヴェ・マリア
プログラムではカッチーニ作と記載されているが、実際は旧ソ連の作曲家ヴァヴィロフの作品であることがこんにちでは明らかになっている。数ある「アヴェ・マリア」の中で私はこの作品が最も好きだ。
【5】バッハ:「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV.659
バッハのコラール前奏曲(境界で賛美歌を歌う前に演奏される曲)の中で最も有名な傑作。ピアノで演奏されることも多い。
【6】リンク:きらきら星による変奏曲
フランスの大衆歌曲を教会音楽の作曲家リンクが編曲したもの。モーツァルトによる変奏曲は何度も聴いているが、これは初めて聴いた。
【7】カタルーニャ民謡(カザルス編曲):鳥の歌
チェロの巨匠パブロ・カザルスが郷里カタルーニャのクリスマス・キャロルを編曲した作品。フランコ軍治政権を認める自由主義諸国での演奏活動をカザルスは拒んでいたが、1971年10月24日、ニューヨーク国連本部において「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、ピース、ピースと鳴くのです」と語り、この曲を演奏した。このときカザルスは94歳だった。以来、平和の祈りの歌として広まっている。
【8】宮沢賢治(長谷川恭一編曲):星めぐりの歌
岩手の方と宮沢賢治ファンならどなたもご存じの曲。長谷川恭一さんの編曲が素晴らしい。
【9】クリスマスソング・メドレー
[アンコール]バッハ(グノー編曲):アヴェ・マリア 原曲はバッハの『平均律クラヴィーア曲集 第1巻』の「前奏曲 第1番 ハ長調」。グノーが主旋律とラテン語による「アヴェ・マリア」の歌詞を付けて賛美歌にした。一般に「グノーのアヴェ・マリア」と呼ばれ、「シューベルトのアヴェ・マリア」と「カッチーニのアヴェ・マリア」(上記の【4】)は特に三大アヴェ・マリアとして親しまれている。

※【1】、【5】、【6】はオルガンソロ、【2】、【3】、【4】、【8】はオルガンとチェロのデュオ、【7】はチェロソロ、【9】はオルガンとチェロに岩手女子高等学校音楽部のみなさんによるハンドベルが参加。
 クリスマスにふさわしい選曲であることは一目瞭然だ。パイプオルガンとチェロの組み合わせがこんなにいいとは知らなかった(この組み合わせによる実演を私は初めて聴いた)。まさに聖なる響きであり、無宗教の私も厳かな気持ちになった。
 パイプオルガンとチェロでは、前者の音量が圧倒的なのでバランスをとるのは難しかったに違いない。それも併せて、お二人の呼吸もみごとに合っていた。オルガニストは客席に背中を向けているので、共演のチェリストも見えない。そのためオルガニストは鏡で共演者を見てタイミングを取るらしいのだが、それだけではあんなにうまくいかないと思う。
 この組み合わせで、ぜひまたコンサートを開いてもらえないだろうか。
 ところで、パイプオルガンはさまざまな音色(と効果音)を出すことができる「魔法の楽器」だ。この日は鈴の音が出てきて驚いた。
 音色はストップというスイッチで変える(電子オルガンのスイッチがストップと呼ばれるのは、ここから来ている)。盛岡市民文化ホールのパイプオルガンは、本来、コンピュータ制御でストップを自動的に操作させることができるのだが、だいぶ前から手動でやっている。どうやらコンピュータによるシステムの具合が悪いようだ。私はコンピュータ制御でストップが自動的に動くより、演奏者と譜めくりが忙しく動き回って操作するほうが人間らしくて好きだ(根っからのアナログ人間ですな)。
〈このごろの斎藤純〉
〇これがみなさんの目に触れるころには、盛岡文士劇東京公演を無事成功裏に終えているはずです。次回はその報告をする予定です。
ウェザーリポート:ライヴ・アット・モントルー1976を聴きながら