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◆第78回 伊藤奏子のブラームス ( 23.august.2004)

 今回はお知らせがあります。
 宮古市出身のヴァイオリニストで、2000年からカンザスシティ交響楽団のコンサートミストレル(コンサートマスターの女性名詞)をつとめている伊藤奏子さん(詳しいプロフィールは下をご覧ください)のコンサートがあります。

 伊藤さんは2001年にも帰国して、岩手県民会館でシベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏している。伊藤さんにとって、シベリウスのヴァイオリン協奏曲はジュネーブ国際コンクールで弾いた曲だった( 同コンクールで2位に入賞し、世界に羽ばたくきっかけになった)。その記念の曲を、県内のアマチュア演奏家たちによるオーケストラ・アンサンブル2001と一緒に伊藤さんは演奏したわけだ。

 演奏後、鳴りやまぬ拍手のなか、伊藤さんはしばらくのあいだ肩を震わせ、顔を上げることができなかった。かつての音楽仲間と一緒に、伊藤さんにとって大切な曲を演奏した感激がこちらにも伝わってきて胸が熱くなった。

 私は「地元の人が力を合わせると、こんなに素晴らしい音楽を奏でることができるのか」と新鮮な驚きを覚えた。私は13年間暮らした川崎市宮前区から古里の盛岡に住まいを移したばかりで岩手の音楽事情に疎かったのだが、「盛岡に帰ってきてよかった」と思ったものだ。

 そのコンサートを企画し、オーケストラのまとめ役をつとめ、そして指揮棒を振った寺崎巌さんは伊藤さんと同じ宮古市出身で、同じヴァイオリン教室に通っていた。いわば兄弟弟子といっていい。 二人が学んだヴァイオリン教室の先生は、宮沢賢治研究家としても知られる板谷英紀氏だった。ちなみに、寺崎巌さんから私はヴィオラを習っているので「板谷氏の孫弟子です」と公言している(板谷氏にとってはさぞ迷惑な話かと思うのですが) 。

 話がそれた。
 伊藤奏子さんが再び古里で演奏をしてくださる。今回も寺崎巌さんが中心になってオーケストラアンサンブル2004が特別編成され、伊藤さんを迎える。曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲だ。この曲はオーケストラの部分がまるで交響曲のように緻密かつ濃密なので、「ヴァイオリン独奏付き交響曲」などと称されることもある。オーケストラも大変だが、ソリスト(独奏者)に大きな負担を強いる大曲だ。
 でも、聴く側にとってはそんなに難しい音楽ではなく、ヴァイオリンならではテクニックを駆使した華麗な旋律を存分に楽しめる作品といっていい(ブラームス自身はヴァイオリンを弾けなかったが、親友に大ヴァイオリンのヨーゼフ・ヨアヒムがいた。ヨアヒムの助言を得て、この曲はできた)。
 オーケストラ・アンサンブル2004にとってもこれは大きな挑戦だろう。伊藤さんはアメリカに帰ると、この曲をカンザス・シティ交響楽団のコンサートで演奏することになっている。

 また、今回は伊藤奏子さんの夫マーティン・ストーリーの演奏もある。これも大いに楽しみだ。

 機会があるごとに私は「高いお金を払って行く音楽会と同じくらいに地元の音楽会も大切だ」と述べてきた。音楽会を通して文化を享受するだけではなく、育てていくことも重要だと考えるからだ。
 これは音楽家を育てることだけを指すのではない。音楽を愛する仲間を育て、増やしていくことも含んでいる(バックナンバー第2回)をご参照ください)。
 岩手から世界に羽ばたいたヴァイオリニスト、伊藤奏子さんのブラームスをぜひたくさんの方に聴いていただきたいと思っています。

〈伊藤奏子のブラームス〉
9月5日 午後1時30分開場 午後2時開演 盛岡市民文化ホール大ホール

曲目―
ブラームス:大学祝典序曲 Op.80
バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV.1007
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77

〇前売り2500円(当日3000円)は佐々木電気、川徳、アネックス川徳、中三、東山堂、生協、プラザおでって、マリオスでお求めください。問い合わせは019-662-5628寺崎さんまで。

 

― 演奏家プロフィール ―

◆伊藤奏子(ヴァイオリン)
 岩手県宮古市出身。5歳よりヴァイオリンを始める。桐朋女子高等学校音楽科卒業後、パリ国立音楽院、ボストン・ニューイングランド音楽院アーティストディプロマコースにて研鑽を積む。これまでにヴァイオリンを梅村功二、板谷英紀、久保良治、久保田良作、ミシェル・オークレールの各氏に、室内楽をエリック・ローセンブリッス、またセミナーにてピンカス・ズッカーマンの各氏に師事。

第38回全日本学生音楽コンクール東日本大会中学校の部奨励賞受賞。
1990年、ドイツ・ションタル国際コンクールに優勝、自由曲最優秀賞受賞。
1991年、ニューヨークにて日米協会コンクール入選。
1992年、ニュージーランド・第1回レクサス国際ヴァイオリンコンクール優勝。
1993年、第49回ジュネーブ国際音楽コンクールヴァイオリン部門第2位。
1995年、宮古市民奨励賞受賞。

1996年11月、本格的日本デビューを果たし、「音楽の友」誌に1996年度のコンサート・ベスト・テンに選ばれるなど絶賛を博した。

 これまでにスイスロマンド管弦楽団、アマデウス室内管弦楽団、イギリス室内管弦楽団、ルーマニア放送交響楽団、大阪センチュリー交響楽団、ウィーン弦楽ゾリステン、レニングラード国立歌劇場管弦楽団、読売日本交響楽団、東京シティー・フィルハーモニック管弦楽団、東京都交響楽団、大阪シンフォニカー等と多数共演し、欧米各地にてリサイタル等でも活躍中。NHK「FMリサイタル」、日本テレビ「深夜の音楽会」、NHK・BS「滝のアリア」に出演。

 1996年、フォンテックより初CD「サンサーンス・ヴァイオリンソナタ集」(ピアノ=フィリップ・モル)をリリース。好評を得て、1998年11月、2枚目のアルバム「グリーグ・ヴァイオリンソナタ集」(ピアノ=フィリップ・モル)を発売。
 1999年9月、東京都武蔵野市民文化会館での「グリーグ・ヴァイオリンソナタ全曲演奏会」では、グリーグの母国ノルウェーの名ピアニスト、ヘルゲ・キェクシュースと組んだリサイタルを行った。
 2000年9月、アメリカのカンザスシティー交響楽団のコンサートマスターに就任、10月にはイツァーク・パールマンがソリストをつとめる演奏会でステージデビューした。また2001年春にシベリウス作曲ヴァイオリン協奏曲のソリストとして同交響楽団と共演、正式にソロデビューを果す。以来アメリカに本拠地を移し、コンサートマスター、ソリスト、さらに室内アンサンブル「モビウス」のメンバーとして世界各地で充実した演奏活動を行っている。

 一方で常に古里岩手のことを忘れず、今年もオーケストラ・アンサンブル2004(岩手在住音楽家及び音楽愛好家によるプロジェクト・オーケストラ)とブラームスのヴァイオリン協奏曲を共演(9月5日、盛岡市民文化ホール)地元の皆さんに披露するために来日。

 

◆マーティン・ストーリー(チェロ)MARTIN・STOREY
 イギリス・ノーリッチ市生まれ。王立アカデミー音楽院在学中にすべてのチェロ賞、リサイタル賞を獲得、首席で卒業。フルブライト留学生としてニューイングランド音楽院に学ぶ。1990年、ロンドンでデビューした。

 現在、イギリスで最も活躍している若手グループ「グールド・ピアノトリオ」のメンバー。このトリオはオランダ、オーストラリア、イタリアの室内楽コンクールで優勝。BBCラジオにレギュラー出演しているほか、1999年初頭にはヨーロッパの「新星シリーズ」のイギリス代表に選ばれ、カーネギーホール、コンセルトヘボウなど世界的な音楽ホールでのツアーを行った。室内楽アンサンブル「モビウス」のメンバーとしても活躍している。

 これまでに、フローランス・フートン、デイビッド・ストレンジ、ローレンス・レッサー、コリン・カーの各氏に師事。
 先日アメリカ・パーク大学の音楽科チェロコースの講師に就任、室内楽のスペシャリストである。
 今回の盛岡公演では、地元盛岡の松本伸氏製作の新作チェロを使用し、世界一流の演奏を披露する。

 

◆寺 崎 巖
 指揮・ヴァイオリン・ヴィオラ。岩手大学教育学部卒業。ヴァイオリンを故梅村功二、板谷英紀、久保良治の各氏に師事。日本弦楽指導者協会理事・岩手県支部長。日本音楽療法学会正会員。弦楽合奏団バディヌリ・コンサートマスター。岩手大学管弦楽団ヴァイオリン・ヴィオラ トレーナー。バディヌリ・ジュニア弦楽オーケストラ主宰。田園室内合奏団指揮者。盛岡南高等学校吹奏楽部指揮者。ヴァイオリン・ヴィオラ教室主宰。

 1995年ドイツ演奏旅行。2001年伊藤奏子(ジュネーヴ国際コンクール2位)をソリストに迎えシベリウスのヴァイオリン協奏曲を共演。オーケストラ・アンサンブル2001を指揮し好評を博す。

 2003年愛知国際音楽祭・小林研一郎指揮法アカデミーを受講、優秀指揮者に選考され10月13日東京芸術劇場にて世田谷交響楽団(最高顧問小林研一郎)を指揮、好評を博す。
 2004年6月には、田園フィルハーモニーオーケストラ第1回演奏会を指揮し、成功に導いた。

 ホームページ「FANTASIAへようこそ」を開設し、演奏会情報・写真・アクリル画など芸術情報を発信している。http://www.d3.dion.ne.jp/~tera2/

◆このごろの斎藤純

〇今月末に出る本(今年4冊目の本だ)の最終チェックがお盆の直前に終わったので、何年ぶりかで(10年ぶりくらいかな)ゆっくりと休むことができた。『ハリー・ポッター3』を名劇で、『サンダーバード』を盛岡フォーラムで観た。

〇 『サンダーバード』は子供のころにみたテレビの印象がまだ残っているので、今回の実写版には違和感を持った。百歩ゆずって、キャラクターやマシンの変更に目をつぶったとしても(それはそれで、なかなか魅力的な変更だと言えないこともない)、本来のサンダーバードの活動があまり描かれていないのは何としても残念だった。
  国際救助隊たるサンダーバードの本来の活動とは、つまり事故現場での救助活動のことだ。テレビ版のときは、事故に逢った被害者の側から「早く救助してくれ」という苦悩が描かれた(そこに視聴者は感情移入する)。救助にあたる国際救助隊サンダーバードも、次から次へと襲いかかってくる難題をチームワークで克服していく。
  以上のようなパターンがスリリングで面白かったのである。
 ところが、今回の映画では「陰謀を企む悪者」対「国際救助隊」の物語(このパターンはテレビ晩のときは「変化球」だった)で、何となく007シリーズを想わせたた。そこが物足りない。
 何でもアメリカでは『サンダーバード』が放送されなかったそうで(『サンダーバード』はイギリス制作)、監督もオリジナルを観ていないという。そういう人にこの映画を撮らせるほうがどうかしているが、この映画を観るアメリカ人もオリジナル(テレビ)を観ていないのだから、ま、関係ないわけだ。

〇 『ハリー・ポッター3』は、ま、いつもの通りといえばいつもの通り。いい人と思っていた人が悪い人で、悪い人と思っていた人がいい人というパターンの物語。が、そのヒネり具合がうまい。
 そして、映像による伏線の張り方が上手だった。

〇16日の夜は生協が企画したバスツアーで、秋田の西馬音内盆踊りを見物してきた。西馬音内盆踊りは富山の越中おわら風の盆、郡上八幡と並んで日本三大盆踊りに数えられている。
 編笠を深くかぶって顔を隠した女性の姿が何とも艶かしく、動きも優雅で、時間の流れるのを忘れさせてくれた。

〇あとは本を読んで過ごした(『ダヴィンチ・コード』上・下)。面白い小説ではあるけれど、扱っている内容がキリスト教なのに、どうして日本でベストセラーになるのか不思議な気がする。

サン・サーンス:ヴァイオリンソナタ/伊藤奏子を聴きながら