HOME > 目と耳のライディング > バックナンバー2013
目と耳のライディングバックナンバー

◆第289回  伝統と革新のスペイン国立バレエ団(11.Feb.2013)

 2月5日、東京渋谷Bunkamuraオーチャード・ホールでスペイン国立バレエ団来日公演を観た(午後2時開演)。プログラムは下記の通り。

〈第1部〉
・ホタ~スペインのオペラ『ラ・ドローレス』より
・ファルーカ~フラメンコ断章
・ボレロ

〈第2部〉
・メデア

 スペイン国立バレエ団は2011年に35歳のアントニオ・ナハーロを芸術監督に迎えた。そのナハーロが振り付けをしたセビリア組曲が入っているAプログラムも観たかったが、ホセ・グラネーロの振り付けによる傑作で、スタンダードになりつつあるボレロをどうしても生で観たくて、悩んだ末にBプログラムにした。
 スペイン国立バレエ団はフラメンコを基調としているが、フラメンコ専門の団体ではない。もっと広いスペイン舞踏、それにモダン・バレエを含んでいる。ボレロはこのスペイン国立バレエ団のあり方を最も端的に表していると思う。
 スペイン舞踏を意識して書かれたラヴェルの名作ボレロには、数多くの振り付けがなされている。有名なところでは映画『愛と悲しみのボレロ』で知られるモーリス・ベジャール版がある。ベジャール版はモダン・バレエの傑作だと思うが、ホセ・グラネーロの振り付けは、もっとスペイン寄りのものだ。フラメンコを基本にしながら、フラメンコにはない動きを加え、新しい感覚のものにしている。
 この「新しい感覚」というのが、実はいつの場合でも曲者だ。ガチガチのフラメンコ・ファンは新しいものを混ぜる必要を認めないだろう。しかし、これはフラメンコではなく、フランス人が作曲したボレロなのだ。ほかの血を混ぜたからフラメンコの血が薄まってしまうと嘆くことはあたらない。
 これは、私が観たBプログラムのすべての演目にあてはまる。
 ふだん、私はビセンテ・アミーゴやトマティートらのフラメンコ・ギターを聴いている。これらパコ・デ・ルシアのよき後継者たちは、ジャズやクラシックの要素をフラメンコに注ぎこみ、新しい音楽をつくっている。純粋なフラメンコから見れば、混血といえるかもしれない。私はそこが気に入っている。
 ときおり、オーソドックス(古典的)なフラメンコ・ギターのサンルーカルや、もう少しさかのぼってモントーヤを聴くこともある。しみじみ、いいなあと思う。
が、最後はパコやビセンテに戻って落ち着く。古典的なものも好きだが、それ以上に「新しい血」が入ったものに惹かれる傾向が強いようだ。ほかの血が入ることによって薄まるよりも、倍増するものがあるからだと思う。ここでいう血とは、改めていうまでもなく、要素のことだ。
 スペイン国立バレエ団がそんな私の好みにフィットしないはずがない。
 ボレロを観ていて、こんなにも美しく、素晴らしいものが世の中にあるのかと、涙が溢れてきた。
 今日も厭なニュースばかり流れてくるが、こんな時代でも、真に美しいものは掛け値なしに尊い。いや、こんな時代だからこそ、それがますます尊いのかもしれない。
〈このごろの斎藤純〉
〇上記の公演の翌日、東京は3月のような気候となった。暖かくて過ごしやすいのはけっこうなのだけれど、早くも花粉症の症状にみまわれた。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番を聴きながら

ブログ:流れる雲を友に