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目と耳のライディングバックナンバー

◆第298回 ヴェンゲーロフの復活(24.Jun.2013)

 当代1、2の人気を争うヴァイオリニストのマキシム・ヴェンゲーロフ(ロシア出身でイスラエル在住)は1990年代半ばに華々しくデビューし、キャリアを固めていこうという矢先の2008年に肩の故障のため休業宣言をした。2011年、演奏活動を再開したが、この間、治療と指揮の勉強をしていたという。一部には、肩の故障ではなく、精神的なもの(燃え尽き症候群)だったのではないかという説もある。
 いずれにしても、ヴェンゲーロフが完全復活したことは音楽ファン(ヴァイオリン・ファンといってもいい)にとって、とても嬉しいことだ。
 このたびのヴェンゲーロフ・フェスティバルは、有名なヴァイオリン・ソナタなどのリサイタル、オール・ブラームス・プログラム(実際にはブラームスとベートーヴェンのプログラムに変更になった)、そして全曲弾き振りの3本立て公演だ。
 すべて聴きたいところだが、財布と相談するとそうもいかない。ヴェンゲーロフ自身が指揮をしつつ、ヴァイオリンも弾く全曲弾き振りコンサートへ行くことにした。
 弾き振りに興味があったのはもちろんのこと、バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲」、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」というプログラムが、まるで私のために選曲したかのように好きな曲ばかりだったからだ。
 6月13日、小雨の中、サントリーホールへ(意外にも、満席とはならなかった。リサイタルやブラームス&ベートーヴェンに分散されてしまったのだろう)。
 受付で配られたチラシでチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は弾き振りではなく、ヴァグ・パピアンの指揮に変更になったことを知る。ヴァグ・パピアンは今回のリサイタルのピアニストとして同行していたが、もともとヴェンゲーロフの指揮の先生でもあるそうだ。変更になった理由はわからない。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はヴァイオリンを弾きながら指揮をするには難しすぎるのかもしれない(バッハやモーツァルトの作品なら、そう難しくないと思うが)。
 始まってみると、1曲目のバッハ(二つのヴァイオリンのための協奏曲)でもヴェンゲーロフは指揮らしいことはやらない。むしろ、共演した山根一仁がアイコンタクトと体の動きでオーケストラに指示を出しているように見えた。
 チャイコフスキーは、さすがにヴァグ・パピアンとの呼吸が合っていて、オーケストラの集中力が高かったことも加わり、密度の濃い演奏だった。ヴェンゲーロフのストラディヴァリもよく鳴っていた。
 さて、リムスキー・コルサコフだ。いわゆる弾き振りとは違い、ヴァイオリン・ソロ以外のところにくると、ヴェンゲーロフはボウ(弓)を指揮棒に持ち替えて指揮をした。ヴェンゲーロフの指揮はちょっと変わっていて、合唱指揮を思わせた。
 ときどき私はコンサートマスターに注目した。指揮者の代わりにコンサートマスターが指揮をしている場合があるからだ。しかし、コンサートマスターはヴェンゲーロフにまかせきっているようだ。変わった指揮に見えたが、オーケストラにとっては何の問題もないようだった。
 これはこれで大変な熱演だったが、持ち替えがせわしなく見えて、ちょっとマイナスだったと思う。CDやラジオで聴けば、また違った印象を持つかもしれない。
 好きな曲を好きなヴァイオリニストの演奏で聴くことができ、心から楽しめるコンサートだった。
〈このごろの斎藤純〉
〇上京したついでに、5つの美術展をハシゴしてきた。目の保養というより、心の糧である。
ボズ・スキャッグス:ミドルマンを聴きながら

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