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目と耳のライディングバックナンバー

◆第316回  英国美術の黄金時代 その2 (24.Mar.2014)

 19世紀に大きく開花したイギリス美術が、同時期に開催されていたふたつの展覧会--『テート美術館の至宝 ラファエル前派展 ヴィクトリア朝絵画の夢』展(森アーツセンターギャラリーにて4月6日まで)と『ザ・ビューティフル 英国の唯美主義主義1860-1900)』展(三菱一号美術館にて5月6日まで)--で紹介されている。前回は主に前者についてその感想を記した。
 会場では、シェイクスピアに題材を借りながらも生身の女性と室内を徹底的に描写したハントの〈クローディオとイザベラ〉、やはりシェイクスピアから題材を得ているミレイの〈オフィーリア〉、描かれた当時にウィリアム・モリスが買い上げたというヒューズの〈4月の恋〉、悲劇の詩人チャタートンの自殺を描いたウォリスの〈チャタートン〉、そしてロセッティとバーン=ジョーンズの数々の名品を観ることができた。
 ちなみに、〈オフィーリア〉をこれまでに私は日本で3度観たことになる。この作品を楽しみにテート美術館を訪れる人も多いだろうに、こうしょっちゅう海外に貸しだしていていいのだろうかと、よけいな心配をしてしまった。また、この絵はターナーの作品とともに夏目漱石の作品に登場することでも知られている。漱石はイギリス留学中にそれらを実際に観ている。
 日本との関係でいうなら、19世紀半ば以降、イギリスとパリではちょっとした日本ブーム(ジャポニスム)が起こる。1862年のロンドン万国博覧会で非公式に日本から出品され、じわじわと日本の工芸品や浮世絵などがひろまっていった。決定打となったのは1867年のパリ万博だった。
 ラファエル前派ではロセッティの丸いサインに落款の影響が感じられる。『ザ・ビューティフル』展では、日本の影響がもっとはっきりした形であらわれる。
 『ザ・ビューティフル』は唯美主義と、生活に芸術を取り入れる「ハウス・ビューティフル」を紹介している。ムーア、レイトンら唯美主義の画家たちは美の理想形としてギリシア、ルネサンス、そして日本のものを作品に取り入れている。
 たとえば、ムーアが描く女性像に、ギリシア風の豊かなドレープを持つ衣装を身につけ、手に日本の扇子を持っているものがある。和洋折衷の極みだろう。
 また、当時、流行した家具や装飾品にも日本の意匠が取り込まれた。それらは「アート・ファーニチャー(芸術家具)」と呼ばれた。
 随所に「日本の美」を見つけることができるハウス・ビューティフルは、しかし、私の目にはゴテゴテと飾りすぎているように見える。空間を埋めつくすことに美を見出す西洋人と、空間に美を見出す東洋人の違いがこういうところではっきりする。
 ちょっと脱線すると、音楽にも同じことがいえる。音で空間を埋めつくすのが西洋音楽の伝統であるのに対して、日本の音楽は隙間だらけだ。
 話を戻すと、生活の空間を美しいもので飾るアーツ&クラフツの中心となり、牽引力となったのは、ウィリアム・モリスが設立したモリス商会だった。モリス商会の主力商品の植物柄の壁紙やステンドグラスは、上流階級のみならず一般家庭にまで流行した。日本でも、西洋建築(あるいは西洋風建築)にモリス商店の壁紙は欠かすことができなかった。岩手県公会堂で使われている壁紙もモリス商店のものだと聞いたことがある。
 モリスはデザイナーであったばかりでなく、尊敬を集める詩人であり、また社会主義者でもあった。
 唯美主義を代表する文学者だったオスカー・ワイルドも社会主義者だった(ワイルドの童話『幸福な王子』から社会主義思想の片鱗が読み取れる)。唯美主義と社会主義が違和感なく結びつくところがイギリスのすごいところだ。
〈このごろの斎藤純〉
〇春めいたと思ったら雪が降る。けれども、春は決して遠のくことなく、ゆっくりと静かに近づいている。私の鼻がそれを敏感に感じとっている(花粉症なのです)。
ストラヴィンスキー:春の祭典を聴きながら

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