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目と耳のライディングバックナンバー

◆第319回  再発見された歌麿の肉筆大作 (12.May.2014)

 箱根の小湧谷に昨年の秋オープンした岡田美術館へ行ってきた。
 岡田美術館はパチスロメーカーのユニバーサルエンタテインメントの社長岡田和生氏が開設。氏のコレクション(日本、中国、韓国の古代から現代に至る工芸品、絵画など)が、5000平方メートルという広大な展示スペースで公開されている。2800円という入館料は、税金が投入されている公立美術館の入館料に慣れている我々にとっては高価に思えるが、私設美術館だし、内容の充実ぶりを見れば納得できるだろう。
 実はこの美術館、世界中の美術ファンをアッと言わせる特別企画でスタートした。喜多川歌麿の行方不明だった肉筆(版画ではなく、筆で描かれた一点ものの絵)大作「深川の雪」(タテ199センチ×ヨコ341センチ)が、なんと66年ぶりに公開されているのだ。
 まず、この肉筆大作三部作の足どりをざっと眺めてみよう。
・喜多川歌麿は、栃木県の豪商として知られる「釜喜」一族の善野伊兵衛の依頼で肉筆の大作「深川の雪」、「品川の月」、「吉原の花」(「雪」、「月」、「花」三部作)を描いた。
・このうち「雪」と「花」はパリの美術商ジークフリート・ビングによって1887(明治20)年以前にパリへ渡った。「月」は1891(明治24)年ごろ、東京の美術商小林文七によって横浜在住の外国人に売られる直前に美術商の林忠正(林忠正は日本美術がヨーロッパやアメリカの美術に与えた影響を考えるうえで欠かせない存在でもある)が割り込んで購入し、長く所蔵していた。
・「月」は林忠正から上記のビングに譲られ、ビングからアメリカのコレクターであるチャールズ・ラング・フリーアが購入し、現在はフリーア美術館(首都ワシントンにある東洋美術専門の美術館)の門外不出の所蔵品となっている。
・「花」はパリの美術商ユゲット・ベレスからアメリカ最古の美術館であるワズワース・アセニアムが購入し、同館に所蔵されている。
・「雪」は浮世絵収集家の長瀬武郎が、パリに店をかまえていた浮世絵商の青山三郎から購入し、1939(昭和14)年に日本に持ち帰った。そして、1948(昭和23)年4月、銀座松阪屋で開催された『第2回浮世絵名作展覧会』に展示されたのを最後に行方不明となる。
・2012年2月、岡田幸子(現岡田美術館副館長)によって古美術商店で発見される。2013年秋、修復を経て、岡田美術館で公開。
・ちなみに行方不明だった「雪」について、歌麿がこの絵を制作した栃木県の教育委員会が情報提供を求めるなど、探していた。もしかすると発見して購入するつもりだったのかもしれないが、岡田美術館に先を越されたわけだ。
 というわけで、世界的に高く評価されている歌麿だけに、この発見と公開のニュースは世界中の美術ファンを喜ばせた。私も早く観たいと思っていたが、東京で所用があったついでに新幹線とレンタカーで箱根まで足を伸ばし、ようやく「深川の雪」をこの目に焼きつけることかできた。
 歌麿晩年(1800年代初頭)のこの作品は、歌麿の画業の集大成と言っていい。歌麿ならではの描写力、構成力が大きな画面の隅々にまで行き渡っていて、絵の前に立つ我々を飽きさせない。また、これだけの大画面を華やかな江戸風俗で描ききった歌麿晩年のエネルギーに圧倒される。
 岡田美術館はこの絵を修復する際に額装せず(フリーア美術館では「品川の月」を額装にしてしまった)、オリジナルの掛け軸のまま公開している。素晴らしいことだ。とても鮮やかな色彩がよみがえり、あの世の歌麿も喜んでいるに違いない。
 岡田美術館では春画も観ることができた。もちろん本では観ているが、実物を観たのは初めてだ(残念ながら閉館してしまった礫川浮世絵美術館で、部分的には観たことがあるけれど)。こういうことができるのも私設の美術館だからだ。館内の照明が極端に暗いのも印象に残っている(作品を保護するために照明はできるだけ抑えるほうがいい)。
 岡田美術館のある箱根を、かつては庭のようにオートバイで走り回っていた。ポーラ美術館や成島美術館など、いい美術館もある。今ではめったに訪れることがないが、ぜひまた何かの機会に足を伸ばしてみたいと思っている。
〈このごろの斎藤純〉
〇今週末から来週にかけて、アメリカへ行く予定だ。正味4日間と短い滞在なのは残念だが、17年ぶりにアメリカ東部の空気を吸ってくる。
フィラデルフィア・インターナショナルレコード40周年ボックスセットを聴きながら